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榊原烋一 【サカスト】 |
英国を代表する経済誌The ECONOMISTが日本特集記事を掲載したことが話題になった。
表紙に大きくJAPAIN(苦痛の日本とでもいうように)JAPANとPAINを合成した見出しを掲載し、しかもご丁寧にiの文字は毛筆タッチで書かれている。その下にリード文とも言えるように、Why you should be worried about the world second-biggest economy(どうして世界第2位の経済国が悩ませ続けるの…ってな感じ)との活字が踊っている。
経済評論家の竹村健一氏は、いつもなら「エコノミスト誌にはこう書かれている、日本の常識は世界の非常識」などと海外通を得意にしていたのに、今回は「国名をジョークにするとは国旗を土足で踏みにじるような行為」とテレビで言っていたが、なにもそこまで大げさに騒ぐことではない。江戸時代の日本人だって「降るアメリカに袖は濡らさじ」と詠んでいるし、ちょっと前にはおそまつ君というギャグマンガの登場人物に気障なことを「おフランス」などと言わせていたのだから、言葉遊びをすることはむしろ日本人の方が得意なくらいで目クジラ立てることでもないだろう。
それよりも、この特集の内容が日本の現状を実に正確に分析していることに感心する。英米を中心に数十万部規模で発行されているこの経済専門週刊誌がこのような特集を組むことは、さすがに世界共通の言語である英語圏の強みでもあるし、日本がまだパッシング(passing)されずに多少でも世界の関心の的になっていることに感謝してもいいくらいのものだ。
本文の大要は3月12日付、日経新聞朝刊で紹介されているから、【サカスト】読者の皆さんは既にご承知のはずとは思うが、サブプライムローン破たんに始まるアメリカの経済失速問題は世界的な影響をもたらしてしまったから、一昔前、同様の経験をした日本の経済回復の経過にも注目が集まることは当然だとも思えるが。
話は横道にそれるが、ある米人作家がこんなことを書いているのを思い出した。英語の語源は大きく分けるとラテン語系とアングロサクソン語系とに分かれ、似たような意味の言葉でもニュアンスがかなり違うと言う。プライムとファーストとはいずれも第一という意味をもつが、アングロサクソン系のファーストは、もっとも前という意味のforemostが語源で、あくまでも順番とか最高とかの序列を示しているのに対し、ラテン系のプライムは、はじめての礼拝が語源で、そのものの持つ中身が最良であるとのニュアンスがあるそうだ。
したがって最優良顧客に対するローンがプライムローンと呼ばれるのは当然だが、サブプライムとは銀行から見れば最低の危険な借り手に対するローンであるにもかかわらず、プライムのすぐ次であるかのようにサブプライムなる表現を使って貧困層の顧客にも一見すると上得意さまであるかのような印象をもたせて、もうけも大きいが反面多分に危険な貸し出しのうわべを偽っていたわけだ。まあ商売というのはどこの国でも似たようなものではある。
さて話をエコノミスト誌に戻して、ここに掲げられた内容は、一言で言えば日本経済の不振は日本の政治、ないしは政治家たちの貧困さに尽きるという点を突いているから、つねづねそこを嘆いていた【サカスト】もよくぞ言ってくれたと拍手喝采を送りたくなるようなものだった。以下日経新聞が掲載した大要からの引用を「 」によって示しながら考えて見よう。
まず1990年に起きた日本のバブル崩壊とその解決の歩みが今回のアメリカの信用崩壊と共通点はあるとしながらも「だが実際には相違点の方が多い。日本はいまだに心配の種である。…日本が世界第二の経済大国にもかかわらず問題の根本的な解決に取り組んでこなかったからだ。」
「日本経済の停滞は政治家のせいである。現在の景気減速のスパイラルは日本の構造的な欠陥をあらためて浮き彫りにした」「政治は昨夏から混迷状態に陥っている。2006年9月に小泉純一郎氏の後任として首相になった安倍晋三氏は07年9月に退任。後継の福田康夫首相は求心力に乏しい」
「経済運営を担当する閣僚にも失望感が広がっている。大田弘子経済財政相は1月に開会した通常国会で、もはや日本は『経済は一流』と呼ばれる状況ではないとまで述べた。この認識は確かに正しいが、それにどう対処するかについては、残念ながら大田氏はほとんど語らなかった」
続けてエコノミスト誌は「経営者が株主に対して説明責任をほとんど負わない経営環境」や「記録的な利益を計上しながら、賃上げの形で払い出さずに現金を溜め込んでいるのだ。雇用は増えても賃金は上がっていない」と、大企業の姿勢にも触れ、日本に今必要なのは根本的な経済改革であると、いわゆる欧米型自由経済を妨害するなと警告をしている。
更に、このままでは日本は低成長しか期待できないが、この責任は「能力や先見性に欠ける政治指導者と、彼らが行う政治の混迷にある。第一の責任者は安倍前首相だ。改革の旗手を自任して首相になったのだが、過去の言動を見る限り経済改革に関心があったとは思えない。首相就任後は日本が順調に既定路線を進むと判断したのだろう。学校での愛国心教育などお気に入りの国家主義的な取り組みに邁進した」(このあたりは【サカスト】でも読んだんじゃないの、と思わせる論調だ)
「…決断は自民党本部ではなく首相官邸で下されるようになった。福田政権になると、決定権は派閥と長老たちの手に戻った。…大連立をめぐる小沢民主党代表と福田首相との秘密会談を仲介したのは日本最大の部数を持つ読売新聞グループ本社の渡辺恒雄会長だった」(だから【サカスト】でもナベツネはいつまでも余計なことするなと言ったでしょ)
ここで第二の責任者は自民党で隠然たる勢力を誇る旧世代の大物たち(中曽根、森氏があげられている)が担ぎ出した福田首相、第三の責任者が民主党小沢代表だとしている。
面白いのは「小沢氏は民主党のこめかみに拳銃をつきつけているような立ち場にある。代表の座を巡って意見対立が起きるようなことがあれば民主党は空中分解しかねないとわかっている」の表現だ。これも実情をうまくとらえているし【サカスト】でもかつてふれたところ。
長文のこの特集は終わりをこう結んでいる。「国家運営についての選択肢を有権者に示す手段としてではなく、個人や一族郎党の利益を実現する手段として政治をもてあそぶ風土こそが問題である。…そして最後に、有権者も責任の一端を負うべきである。十年前、本誌が『失望させることにかけては超一流」だと日本をやゆしたとき、論客として知られるある議員が反論した。タイトルは『失望しないことにかけては超一流の日本の有権者』とすべきだったという。総選挙はこうした有権者にも、少なくとも政治家の選択基準を高めるチャンスをくれるはずだ。」
【サカスト】筆者はとうの昔に日本の政治家には失望している。だけれども、その中でもいくらかましな政治家を選ぼうと、この歳に至るまで選挙で棄権をしたことはないのだ。
読者の皆さん、外国人に言われる前に自分たちの力でなんとかこの状態を回復しましょうよ。
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