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集団自決問題

榊原烋一 【サカスト】
2007年10月10日(水)寄稿

写真は沖縄で米軍に収容される老婦人。東海大学鳥飼行博研究室サイトより転写(当サイト引用規準による)。

第2次大戦末期に日本軍の死守する沖縄にアメリカ軍が上陸し、およそ2か月に及ぶ死闘の結果日本軍は全滅した。サイパン島、硫黄島などの小さな島を除けば、一般住民を巻き込んだ陸上戦は日本にとっては最大かつ最終のできごとであったし、その中で日米双方の戦死者をはるかに越える沖縄県民の犠牲が出たことは【サカスト】で今年の4月に触れたことがある。

これは次期使用される高等学校の社会科教科書の記述から、従来の教科書に記載されていた「沖縄戦の最中に住民が軍の命令により集団自決させられた」の文言を新しい教科書では変更するように修正意見がつけられたということに関して述べたものである。

【サカスト】では当時軍の最高指揮官がそのような命令を出したかどうかは分らないが、その事実はあったとして、どうして安倍内閣は日本軍の不利益な事実を隠ぺいしたがるのかと大きな疑問を投げかけたのである。

安倍さんは結局あのようなぶざまな格好で内閣をほうり出してしまったが、こんな総理がよくも国民に向って愛国心をもてなどと言えたものと呆れ果てている。今だから言うが、安倍内閣末期、私は官邸のホームページ宛メールを送り、早期退陣すべきとの意見を述べた。その時はたしかに次のような返信があった。「ご意見いただいたことを確認いたしました。」

話をもとに戻して、この事実が新聞で報道されるや案の定沖縄県民は激昂し、ついに県民11万人を動員したとも言われるデモが行われ、沖縄県知事が文部科学大臣に直接抗議するために上京するまでになった。その結果かあるいは総理が変わったせいか、教科書会社のいくつかは更に修正の願いを出して検定意見の再修正をする動きが出て来ている。

わが国では、小・中・高で使用する教科書はすべて文部科学省による検定を必要とすることになっている。その仕事をするのは文部科学省が決めた「教科用図書検定審議会」による検定に合格しなければ発行出来ない。ところが昨今の報道ではいったん検定で修正意見をつけられた記述を改めるために、再度教科書会社が自主的に記述を修正して文部科学省にお願いする形をとる模様だ。

この検定審議会以前に文部科学省には教科書調査官という常任の役人がいて、審議会へ提出する議事の下準備をしておくし、ここでまとめられた意見が実際の審議会でくつがえることは滅多にない。したがってこの調査官たちが時の政府、文教族などから局長を通して降りてくる意向に逆らうことも滅多にないわけで、総理大臣が変わったために方針が変わることも十分考えられる。

集団自決が軍の命令によるものか否かについての明確な事実は今となっては断言することは困難になっているのかもしれないが、明治時代からの近現代史をひもといてみれば沖縄県民を差別して来た当時の日本政府ならびに軍に責任があることははっきりと言える。

沖縄県の前身であった琉球王国はすでに17世紀の頃から薩摩藩の侵略を受けてその支配下に置かれていたのだが、更に古くは清国の冊封国家でもあって日中両属の形で中立を保っている状態にあった。ところが1871年(明治4年)宮古島の島民が難破して台湾に漂着したときに島民54人が台湾の地元住民によって殺害されるという事件が起きた。当時の日本政府はこの事件の機会をとらえて琉球島民を守るという口実の元に属領としてしまう。その後清国との交渉などを通じ1875年、琉球に対して清国への朝貢を廃止させ、明治年号の使用、軍隊の駐屯などの命令を出して日本化への道を進ませた。

これはちょうど北海道における先住民族アイヌの圧迫と似た明治政府の植民地政策であるとも考えられる。こんないきさつがあったから、戦前の日本人は沖縄県民をかなり差別的に扱っていた事実がある。実際戦前の沖縄の小学校では皇民化教育が徹底して行われ、皇居遥拝を強制したり、方言の使用を固く禁止するなどの教育が行われ、教室で方言を使ったとの理由で首から札を下げさせられて廊下に立たせるなどの懲罰も平気で行われていた。

そんな雰囲気が長く続く中で第2次大戦を迎えたのだ。戦争末期日本軍は硫黄島、サイパン島を失い、本土にもアメリカ軍の爆撃が行われるようになったので、沖縄を本土を守るための持久戦の基地、つまり捨石とする作戦をたて、ここに陸軍86,400を移動させて死守することとした。この他に沖縄県民の義勇軍、民間人、学生生徒による防衛隊など22,000名を巻き込んでの戦闘となったのだ。

ただでさえ本土の人間より劣等の民族だという差別のもと、皇民化教育を叩きこまれた島民たちは、このときこそお国の役に立とうと奮い立った者も多かったようだ。また守備隊として島にやって来た軍隊は民家に分宿していたが、その多くが中国戦戦で捕虜を虐殺した経験があり、敵に捕まれば女は強姦され男は皆殺しにされるという話を吹き込む、その上に悪名高き、生きて捕虜になるより死を選べの戦陣訓も吹き込まれていたから、戦争の足手まといになる家族を自分の手で殺しても戦闘に突入しようとする意識にならざるを得ない状況に追い込まれてしまったと考えてもよいのではないか。

戦争体験のない世代にはまったく理解しがたい戦時中の心理について、命令があったかなかったを言い争っていることは非常に危険なことで、このような流れの中から最終的には沖縄戦におけるいわゆる集団自決にはやはり大きく軍の関与があったというのが私の結論だ。

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