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榊原烋一 【サカスト】 |
朝青龍についての問題がいろいろと取り沙汰されている。私自身は相撲についてまったく興味も関心もない。ただ憶えているのは、私が小学生の頃、当時の横綱双葉山が連勝をかさね69連勝までいったところで当時の関脇だったかの安芸の海に負けて連勝記録が途切れたことくらいだ。
あのころは双葉山の人気は本当にすごかった。というより、事実彼の姿は今のマスコミ言葉で表すならば心・技・体が一致していたという力士の見本のようなものだった。ラジオしか無かったその頃になぜそんなことが言えるか?と疑問に思われるだろうが、当時だって映画のニュースはあった。
もちろんそれは映画館に行かなければ見られないのだが、現在の新宿武蔵野館のすぐ駅寄りに文化映画館というのがあって、ニュースと短編のマンガ映画(当時は「ポパイ」「べティブーブ」そして最後に「ミッキィマウス」が登場した時代」)を合わせて30分ほど、料金は一般の映画館が50銭くらいだったから、おそらく20銭程度だったのでは。もちろん双葉山の姿はこのニュース映画で拝ませてもらっていた。
とにかく彼のすばらしかったのは、第一に「待った」を絶対にしない。現在の相撲のように時間一杯まで仕切り直しをするのが習慣になってしまっている相撲なんか、私に言わせれば相撲ではない。あれは単にNHKの放送時間に合わせているショウの一つでしかない。
だから昔はどこで立ち上がるかが大問題だ。ところが横綱双葉山は自分から「待った」を絶対にしない、相手が立てば必ず受けて立つ。それと彼の美しかったのは、体のどこにも今で言うならサポーターとか包帯を一切していなかったこと、当時だって体中べたべたと膏薬を貼ったり、包帯を巻いたりした力士は大勢いた。
69戦不敗なんて今考えればどうってことないようだが、当時は大相撲は1年間に二場所しかなく、しかも一場所の日数はたしか13日しかなかった。だから69連勝ということは3年間一敗もしなかったということ。今のように1年間に90日も本場所が行われている時とは重さが違う。
双葉山が連勝記録を破られたときの彼の言葉がまたよかった。いわく「信念の歯車が狂った」。連勝記録は破られたが、本場所の優勝は12回、引退してからは年寄りとなり時津風部屋を創設した。ただしその頃一時新興宗教に凝ってひと騒ぎは起こしたが。
私個人はこんな思い出があるから今の横綱になんかまるで興味がない。だが、朝青龍の問題には若干文句がある。第一にあの男はただ強いだけで風格がない。彼が横綱になるときだって横綱審議会のメンバーからはかなり品位に欠けるとの文句があったはず。しかし、強いことには間違いないし、それより何より横綱不在の大相撲では興行成績が大違いだ。なんだかんだでともかく横綱にする。
しかも横綱が一人しかいないという場所が続く、となれば相撲協会は朝青龍さまさま、だから師匠の高砂親方だって彼の言いなりだったのだろう。だから彼の増長ぶりもたいしたものだったはず。
よりにもよってそんなとき、怪我をして巡業には行けないと届けながら、その実モンゴルでサッカーに興じていたことがバレてしまった。これまでのうっぷんばらしとばかりに相撲協会の出した処分が二場所の休場と自宅謹慎だ。謹慎と言ってもその中身がすさまじい。自宅と病院の通院以外は外出禁止というもの。まるで江戸時代の蟄居閉門なみの扱いだ。
ついに横綱はうつになった、最近になって解離性障害とやらの精神疾患だと発表、これだってどうだか分かりゃしない。ひょっとしたら彼のこと、家の中で荒れ狂っているのかも知れない。さんざん人をダシにしておきながら、ちょっとミスをするとこんな処分をしやがった、と。
巡業をサボったことは確かに大きなへまだ、しかしそんなになめられたのも皆で甘やかしたのが大きな原因だ。そうしておきながら、日頃の不遜な態度に辟易していた協会の連中が、意趣返しとも見えるような、うっかりすると人権問題にだってなりかねない処分をする、こういうのが相撲の世界の古さだ。だから最近の日本の若者は力士になんてなかなかなり手がいなくなってくる。
上位力士の多くは外国人ばかりなのに、まだ国技だなんてつもりでいるこの戯画的な世界の当事者こそもっと深く反省すべきはずだ。
そんなこと言っているお前ならどうする、と聞かれれば私は答える。とにかく半年くらいモンゴルへ帰って、サッカーだろうがモンゴル相撲だろうが勝手にしてろ、そして日本の相撲が恋しくなったならば、親方はじめ協会のお偉方に頭を下げて戻ってこい、これで十分だと思うよ。
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