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榊原烋一 【サカスト】 |
昨日8月6日は広島原爆投下の日、そしてこの日から敗戦の15日まで日本のマスコミは新聞と言わずテレビと言わず何処もかしこも戦争中の話しになる。この習慣は実際にそれを体験したことのない多くの日本人のため、あるいは国際的にも核兵器のもたらす悲惨さを訴えるためにも、日本が永続して発信し続ける価値があるものの一つだ。
参院戦敗退の一つの原因ともなった久間防衛大臣の「原爆はしょうがなかった」発言は日本の大臣と言うよりはむしろアメリカの立ち場に立った発言と受け取られて辞任に追い込まれたのは当然である。現在の日米関係が同盟関係にあるからと言って、当時でさえ国際法上大きな問題となる非戦闘員に対する無差別大量虐殺というべき原爆を、しかも二つの都市に落としたことは、人道上の大罪であることには違いないからだ。
日本敗戦後間もなく起きた朝鮮戦争の際に、北朝鮮軍に応援した中国軍を国連軍が中国国境まで追い詰めたものの戦況が一向にはかどらず、当時の国連軍司令官であったマッカーサーは国境を越えて中国を攻撃し、かつ原爆の使用を本国に求めた。当時のアメリカ大統領トルーマンによってこの作戦は否定され、マッカーサーは司令官の地位を解任された。この間の事情にはさまざまな政治的、軍事的な思惑がからんでいたのだろうが、一説によれば、もし朝鮮戦争においてふたたび原爆を使用すれば、アメリカは東洋人に対してだけこのような残虐行為を行う国であるという人種差別にかかわる非難を恐れたから、その使用をためらったのだとも言われる。
世界で唯一の被爆国日本は原爆に関してはあくまでも被害者であること、その惨状の実態を永久に語り継いで核兵器の廃絶と戦争の抑止との国際的な活動を先頭にたって行うべきである。
さて、3日ほど前に久しぶりで映画を見に出かけた。それは当時若手シナリオ作家であった新藤兼人氏が敗戦直前に帝国海軍に召集され1年ほどで敗戦を迎えた軍隊生活の実情を訴えた「陸(おか)に上がった軍艦」という映画だ。見に行った映画館は客席300弱程度の小さな映画館だったが、さすがにお客は年輩の方が大多数だった。
日本軍隊の生活の厳しさは昔から語られていたが。実際の記憶に基づいたこの映画を見ると、厳しさというよりも軍隊のもつ愚かさの面を嫌と言うほど思い知らされた。当時新藤氏は32歳、同じ部隊に配属された兵隊たちもすべて同じくらいの年齢で、大部分は家族持ち、あるいは子どもをもったものもいる。当時で言う予備役兵の仲間だ。
日本にはそのとき既に彼等を乗せる軍艦は無かった。だから彼は軍隊によって接収された宝塚大劇場とその周囲にあった歌劇学校を宿舎として徹底的にしごかれる。乗る軍艦もないというのに甲板掃除の訓練を吐くまでやらせる。嘔吐すればそこに顔をこすりつけられる。自分より10歳も年下なのに星の数が一つ多い上官に何かと言えば殴られる。現在の学校における“いじめ”のDNAは昔から日本人に備わった特性なのではとさえ思わせられた。
軍隊という組織は完全な縦社会だ。もちろん組織としての上下関係がしっかりとしていなければ戦争はできないから、これは世界各国とも共通していることとは思うが、日本の場合はその上に「上官の命令は天皇の命令」と教え込んでいたのだから、どんな無茶な命令だって反抗は絶対に許されない。こんな社会は現在の日本にもまだ残っているようだが。
たった1日の休暇に同じ年輩の兵隊が妻と幼児と水入らずで公園で妻の作って来た弁当を食べながら談笑している。運悪くそこへ意地の悪い上官が通りかかるが気付かない。すると上官はその家族の前に顔を突き出す。驚いた兵隊はあわてて直立不動の姿勢で敬礼するが時既に遅く、貴様欠礼したなと衆人環視の中で殴り倒される。妻も、当然のことながら幼児も、そして周囲の一般人たちもただ黙って見ているしかない。
あまりストーリーに触れ過ぎるとまだ見ていない人の興をそいでしまうので、最後にこんなバカなとびっくりした場面を一つだけ紹介しておこう。
敗戦の日も近付き、米軍上陸に備えた訓練が始まる。その時ある将校が夜間切り込みを提案してそれが認められその訓練が実施される。立案者の将校が、上役の将校数人が見守る中で訓練をはじめる、深夜の想定だから1列ずつになって紐を握っで縦につながる。物音は絶対に立ててはいけない。動きはじめようとする直前、作戦立案者である将校がいきなり「靴を脱いで前後さかさまに履いてひもで足に結べ」と号令する。さすがに意味の分らない兵隊が質問する。「なぜ前後さかさまに履くのでありますか」すると彼は大まじめで答える。「そうやって近付けば敵は足跡を見て遠ざかっていると油断をするからだ」
さすがに軍隊経験のありそうな年輩の観客からも失笑が湧いた。こんな上官に率いられて無駄に死んで行った男たち、それを靖国で会おうなどの嘘で送りだした司令官たち、まったくなんと無駄な戦であったことよ。そして当時の帝国海軍の指揮官達の愚かさよ。
この映画を見終わって外へ出る観客はみな一様に重い足取りだった。私は思う、今度戦争をするときには、言いだした人間が最前線へ出るのでなければ国民は兵隊に行くな、と。そして平和な現在ですらこの種の愚かな指導者がごろごろと実在している悲しい日本の現状をどうやって美しい国にして行けるか、と。
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