ウチとソト 川柳2題

教育格差問題

榊原烋一 【サカスト】
2007年5月29日(火)寄稿

指揮棒を振っているとひどい肩こりに悩まされる年齢になってしまった。整形外科の先生に言わせると、これは職業病だからマッサージにでも行ってみなさい、ということになってしまった。

さいわいなことに歩いて5分ほどの所に近所の人の口コミでは評判のいいお診療所があったので週に2〜3回ほど通っている。ところでこの整骨院にはベッドが6台置いてあってカーテンで仕切ってあるだけだから、治療中に患者さんと施術師さんがしゃべっていることが皆聞こえてくる。

先週の土曜日、この日私の隣にいたおばさんの会話を聞くともなしに聞いていたが、これは私にとっても大いに興味ある話だった。その日は近所の小学校で運動会をやっていたので話題は運動会についてだった。臨場感を出すために患者さんをA、施術師さんをBとして再現してみよう。

A 「今日は第3小学校で運動会やってるのよね」

B 「私の家のそばの小学校でもやってました。運動会ってふつう秋にやるんじゃないんですか」

A 「いまどき秋になんてやったら怒られちゃうわよ、親に。だって6年生は中学受験前になっちゃうじゃ ない」

B 「なるほど、それで最近はどこの小学校でも運動会は春になってしまったんですか」

A 「そうよ、それだって練習も放課後にはできないのよ。だって4時くらいになったら塾の時間になっちゃうでしょ、だから全員の練習だって授業時間にしなけりゃならないから他の授業を潰さないと練習も出来ないんですってさ」

B 「子どももたいへんだけれど、先生方も苦労しますね」

東京ではこんな会話が普通になってしまっている。つまり、公立中学校の人気はガタ落ちの状況になって、親の願いはわが子を国立、私立の中学校を受験させなければならないとの思いで必死になっているらしい。これらの学校へ入学させるためにはもちろん早くから受験準備のために塾通いをしなければならない。一説によると4年生からでは既に手後れだなどとも言われている。

B 「そんなに勉強ばかりさせて、将来何をさせようとしているんですかね」

A 「そんなことどうだっていいのよ、とにかくいい学校へ入らないことには将来なんて考えられないって言ってるんだから」

B 「そう言えば近所にある有名な中学受験塾は、このごろ子どもたちが帰る時間になると赤いランプのついたお巡りさんの警棒みたいなの振り回しているおじさんがたくさん道にいますね。このごろは物騒だから子どもの安全を見守ってるんですかね」

A 「違うわよ。あれってお迎えの車を注意してるのよ。時間になるとおかあさんたちの迎えの車が道にびっしりつながって、近所から迷惑駐車だと怒られたから車を止めないように警戒してるんだって」

かれ等が入学を希望しているのは国立であれ私立であれ、中高6年一貫教育をしている学校なのだ。とりあえずそこへ入学させておけば当分は安心というわけなのだろう。ひところ騒がれた受験競争が再び低年齢化して現れて来たのだ。

学校の先生にまったく責任がないというつもりはない。たしかに公立学校の先生の中には緊張感の足りない人間がいないでもない。一度教師になってしまえば、刑事罰にでもなるような事件さえ起こさなければ60歳までは安心、などという困った人間もいないとは言えないことも承知のうえだ。とはいえ、年に一度の運動会の練習を、授業を潰してまで時間内に行わなければならないという実態も異様ではないだろうか。

当然のことながら、国立、私立の中学校の授業料はかなり高いものにつく。公立中学校だって授業料こそ必要はないが完全な無償とは言えない。しかし国立、私立の学校へかよえば公立中学校の10倍ていどの経済的な負担がかかる。しかもその上に塾の月謝も払わなければならない。というわけでここにも家庭の経済力による格差が出て来るわけだ。

ずいぶん前から実証的に検討されてきたことだが、東大合格者の家庭の経済力はかなり高いという報告がある。つまり高い金を使って受験指導を受けられた子どもだけが授業料の安い国立大学へ進めるという妙な現象が起こっている。

学校制度の中に競争原理を持ち込む意義が分らないでもないが、現在都市部で少しずつ広がっている公立学校の自由選択の制度に必ずしも賛成ばかりはしていられない。とりわけ小学校、中学校の段階では子どもたちに世の中には自分とは違う異質な人間が存在すること、そして能力のある者が劣る者を助ける必要のあること、などという人間の本質に迫る問題を体験させることの方がよほど大切ではないかと考えるからだ。

学校選択を自由にすれば、交通費を払っても評判のいい地区の学校へ通える者だけがそこに集まってしまうという現象が既に始まっている。公立の義務教育段階ですらこのような格差が生じてしまうのだ。

いつも言うことだが、総理大臣直属の教育再生会議のメンバーはほんとうにこのような教育現場の実態を知っているのだろうか。知っていながらでもなお、競争原理はすべての社会にとって至上の原理だと考えているのだろうか。

この記事の読者数:



Copyright (C) Toru Kishida 2007 All Rights Reserved.