愛国心 法律は守れるものになるのか

暴力は許せない

榊原烋一 【サカスト】
2007年4月20日(金)寄稿

長崎市の伊藤一長市長が暴力団の拳銃で射殺された。長崎市では前市長の本島等氏も昭和天皇に戦争責任ありと発言したために銃撃された事件があっただけに、今回も核廃絶を強く訴えていた伊藤氏に対する右翼のイデオロギー的暴力かと驚いたが原因はまったく違っていた。

自分の車が損傷したのは市のせいだとして損害賠償要求をしたのに取り合ってくれなかったからというのが表向きの原因らしいが、どっちみち公共事業削減のあおりを食らって実入りが激減して来た暴力団の意趣返しの範囲を越えなさそうなみみっちい話しになりそうだ。それと役所の返事なんてものは一応市長名では出しているが、そんな小さなことに市長がいちいちかかわっていられるはずもなく、とんだとばっちりを食わされたという形になってしまったと心からお悔やみ申し上げるしかない。

さて、この事件に対するマスコミや政治家の反応がこれまたバカの一つ覚えだ。いわく「言論を封殺するのに暴力を用いることは民主主義政治の敵だ」。筋から言ってまことにそのとおりではあるが、一番ひどい戦争という暴力に向って進んでいるように見える日本の現状についてはマスコミも政治家も一様に口を閉ざして語らずだ。その証拠に、その間にも憲法改訂(改正になるのか改悪になるのかまったく不明)のための第一段階とも言える国民投票法はたいした騒ぎもなくあっさりと衆院通過。

仮に参議院で否決されたって衆院優位の原則でいずれこの法案からは案の字が取れて法律となってしまうことはもはや確定してしまった。各方面で行った世論調査の結果はいずれも憲法改訂を急ぐべきではないとの答えが未だ常に過半数を占めているというのにだ。

国民投票法で一番の問題点は、投票率のいかんにかかわらず、投票総数の過半数をもって賛成意見とみなすというところだ。たとえば憲法改訂の意義についてまだ理解しがたいからなどという理由で棄権が多く、かりに有権者の20%しか投票しなかったとしてもその中の過半数、つまり有権者の11%が賛成すれば憲法は変更可能になってしまう。

改訂論者は言う、このような国民に直接関わりのある最高法規を変更するのにそんな低い投票率などということは想像できない、と。しかし長崎市長襲撃事件があったおかげで新聞各紙はほとんどこの国民投票法について騒ぐことをやめてしまったではないか。

現行憲法で一番問題となっているのが第9条関連だろう。とりわけ安倍政権もさすがにその中の第1項だけは変更しないと言う。くどいようだが第1項とは次のように書かれている。

第二章 戦争の放棄第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

この条文の解釈では、もっとも広くとらえても自衛権はあるが、同盟関係にあろうとも他国と一緒になって対外戦争することは許されない、と解釈するのが正しいはずである。その無理な解釈の中でかろうじて自衛のためだけの組織、すなわち現行の自衛隊の存在を肯定しているのだ。アメリカから押し付けられた憲法だから変えるべきだと言う人間は、その通り、だからアメリカと一緒に戦争は出来ないのです、と答えればいいだけではないか。

更に憲法改訂論者は必ず言う、戦後60年もたてば国際情勢も大きく変わっているのだから憲法も見直す必要がある、と。それならばイラク戦争開始の際、アメリカの世論の90%はブッシュを支持したのに現在のていたらくはどうか、たった4年でも社会は変わることがあるのだ。ドイツに至っては戦後50回も改訂が行われている。しかし日本はこれを60年守り続けて来たのだ。なんとすばらしい伝統の力ではないか。

日本国憲法が施行されたのが昭和22年5月3日からだ。つまり西暦1947年からこの憲法が効力をもったのだ、ちょうど今から60年前、その間日本は一度も戦争をせずに済んだのだ。もちろん、現行憲法があったおかげだ。

では憲法が変わる以前の60年はどうだったか。1947年の60年前は1887年になる。これを日本の元号になおすと明治20年になる。この60年間の日本の歴史を振り返って見よう。まず明治27年に日清戦争が始まる。続いて日露戦争、第1次世界大戦、満州事変、日中戦争、第2次世界大戦と6回も対外戦争を経験しているのだ。そしてこれらの戦争ではそれこそ壮大な暴力の応酬が行われ、双方ともに無関係な人間が大量に巻き込まれ殺りくされていたのだ。

一人の市長が射殺されただけで大事件となり、民主主義社会に対しての敵対的行為であると騒げる日本はなんと「美しい国」であることか。そしてそのような文化を守ることがいかに難しくてもやはり守るべきなのだということをこの際もう一度真剣に考えてみようではないか。

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