学校の常識

都市の景観

榊原烋一 【サカスト】
2007年3月23日(金)寄稿
3月24日アップ

つい先日のこと、新聞紙上にこんな記事が出ていた。都心部にある官庁の用地あるいは庁舎を民間に売却し、容積率を上げてこれを活用させると同時に政府にもなにがしかの(1.5兆円ほどらしい)収入を得ようという考えだそうだ。国の借金も大変な額になっているいまだから、こんな考え方が出て来るのも仕方のないことだろう。

ここで問題となって来るのが例の縦割り行政のいやらしさだ。こんなことを考えるのは国有財産を管理している財務省なのだろうが、こちらは売れて金が入ればそれでOK。そのあとにだれがどんな建物を建てようが知ったこっちゃない、というのが日本のお役所仕事だ。

買うのは民間業者だろうから、買ってしまえば自分の持ち物、何を作ろうが勝手気ままだ。容積率も上げてもらったから金もうけをするためには当然超高層ビルを建てたがる。かくして都心の落ち着いたビル街はいつのまにか雑然とした高層ビル群に埋め尽くされてしまう。皇居の緑なんてビルの上から眺めるだけ。

とにもかくにも日本には都市計画などないに等しい。最近でこそやっと京都市が条例を作って屋上看板とかビルの色とかを制限して古都にふさわしい景観を維持しようとし出したが、これとても不動産業、広告業などから猛烈な反対が出ているから、へたをするとまた司法の問題になるかもしれない。

司法の場というのは、現在ある法律に照らしてしか判断をしないものだから、いつかの文教都市国立市で起こった高層マンション取り壊しの住民運動に対する判決でも、住民一人一人には景観をうんぬんする権利はない、との判決が下され現在も周囲には不釣り合いな不細工な建物がそびえてしまっている。

パリにもストックホルムにも現在は高層ビルがある。しかし、それが建築可能な地域と旧来からの景観を残すための区域とははっきりと分けられている。だから整然とした都市の持つ、自然の美しさとはまた異なる美しさによって観光客を魅了させる都市の景観文化が残されているのだ。

かつて大正時代から昭和初期までのかなり長期間にわたり駐日フランス大使をつとめたポール・クローデル、(この人のお姉さんが彫刻家ロダンの弟子で有名なカミーユ・クローデルだ)この方は日本の風景を非常に愛し、各地を旅してその印象を記している詩人、作家、そして外交官でもあった人物だ。

彼は東京で最も美しい風景として、三宅坂から見た皇居前馬場先門の景観をあげていた。たしかに戦前から戦後にかけてもこの一体は焼け残り、マッカーサーのいたGHQとなった第一生命ビルから帝国劇場、東京会館、明治生命ビルなどが同じ色彩と同じ高さで整然と並び、その前に東京としては広い道路、街路樹そして皇居の堀と続く景観は彼の感じた通りの美しさがあった。

戦後もかなりたって建築技術の進歩とともに日本でも高層建築の建設が許可され、まず第一に虎の門近くに46階建ての霞ヶ関ビルが建設されて日本人をうならせた。

私自身の経験でも、戦前は地震国日本の建築物の高さは耐震性を考えてたしか30メートルくらいに制限されていた。だからビルでもおおむね8階建てに押さえられていた。ところが戦後すぐアメリカからの映画の輸入が再開され、その初期に「春の序曲」という映画が輸入された。映画の内容は憶えてもいないラブロマンス。だが戦前「オーケストラの少女」というアメリカ製音楽映画で主演した天才少女声楽家ディアナ・ダービンがこの映画でも主演していたので懐かしくなって、当時東京で唯一のロードショウ映画館である有楽町のスバル座へ観に行った。

映画の内容そのものは前に述べたように下らないものだったし主演のダービン嬢はかなり成長して、おまけに芝居も子ども時代ほどの魅力もなかった。しかし観客のすべてがいっせいに「うおー」と叫んだ箇所が一つあった。それは主人公の男女がエレベーターに乗る。すると中の階数表示がどんどん上がる、20、30、40,50…それを見て日本の観客は驚嘆の叫びを上げたのだ。

話は横道にそれたが、日本にも高層ビルが作れるようになった。しばらくしてあの詩人外交官クローデル氏が賞賛した皇居前に奇妙なビルが建った。色彩も周囲とまったく調和しない赤茶色、その建物がどんどんと上に伸びる、そして完成したそのとき、ここの景観は一変して不細工そのものの景色となった。それが当時の東京海上火災の本社ビルだ。

それ以後この辺の景観に見るべきものはなにもなくなってしまった。今三宅坂からそちらを眺めれば無秩序に立ち並ぶ高層ビルのあい間に昔の低層ビルがばつの悪そうな顔をしてしょんぼりと立っている。

ある日新宿南口で信号待ちをしている私の横に白人の観光客が3〜4人たって副都心を眺めていた。そのうちの一人が大きな声で友人に話しかけた。”It's Tokyo sky scraper!"間違いではないが、その前面に広がる国道20号線沿いに立つ汚くてわい小なビルと、その壁についている無数の縦型看板のむれ、この観光客がどこからやってきたのか分らないがここのSky scraperは少なくともニューヨークのそれとは似ても似つかぬ、そうだな、比較するなら香港の街並くらいとしか思えない。

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