給食費未納問題から考える 異常気象と子どもの教育

戦後レジームの見直し?

榊原烋一 【サカスト】
2007年2月2日(金)寄稿

三種の神器総理大臣の施政方針を聞いていてまたまたがっかり。あい変わらず美しい国日本が冒頭だ。彼自身がよほどこの言葉を気に入っているのだろうが、こんな抽象的な言葉をいくら繰り返したところでなんの役にも立つはずがない。

今回はいくらか概念づくりに役立つようにと多少の修飾を加えた。いわく「世界の人々が憧れと尊敬を抱き、子どもたちの世代が自信と誇りを持つことができるように、活力とチャンスと優しさに満ちあふれ、自律の精神を大事にする、世界に開かれた『美しい国、日本』」を目指すのだそうだが、これとても抽象語を並べただけだ。

更に、先輩方が築き上げて来た輝かしい戦後の日本の成功モデルに安住してはならず、憲法を頂点とする戦後レジームを原典にさかのぼって大胆に見直し新たな船出をすべきときが来ているのだとも言っている。そしてこのことは彼が生まれ育った時代、すなわち、テレビ、冷蔵庫、洗濯機が三種の神器ともてはやされていた時代には想像もつかないほど世界は変化しているのだから次の50年、100年の時代の荒波に耐えうる新たな国家像を描いて行くのが彼の使命なのだそうだ。

前にも触れたがこの方は妙にカタカナがお好きな方のようだ。たとえば戦後レジームとおっしゃいますが、レジームにはもはや体制という立派な訳語が日本語として定着しているし、イノベーションだって改革と言ってさしつかえないはずだ。ということは、もはや体制とか革新という日本語ではその意味がぴったり来なくなったというのならば、美しい国の創造ももはやムリで、それこそ小学生から英語だけ教えるほかはなかろう。

ところが彼の言う戦後レジームの見直しとはどうやら明治レジームへの里帰りを意味しているような匂いがぷんぷんするのだ。もちろん、行政システム、国と地方との関係、外交安全保障の基本的枠組みが世界の大きな変化について行けなくなっているのはその通りだが、それはセクショナリズムに陥って省益あって国益を考えない役人の頭を切り換えればよいのだし、国と地方との関係ならばそれこそ道州制を早く実行する方が能率的だ。

外交安全保障については、外務省と防衛省がお互いに面子の張り合いをせずに同じ方向を向いた外交安全保障のあり方を考えるべきなので、こんな分りきったことは本気になって政府内部をちょっと動かせば簡単にできることだ。なにも国民に向って説教するような問題ではない。言いたいことの要点をかいつまんでまとめれば、要は政府の言うことにいちいち口出しをせず、我々の作る法律に黙って従っていればよいと言いたいようだ。

そんな姿勢が見えかくれしているから、厚生労働大臣のような重大な発言が出てくる。女性は生む機械だなんて発想は戦前からの教育を受けた私たちにさえまったく想像も出来ない発想だ。ご本人はすぐにことの重大さに気づいて訂正をしたようだが、彼の意識の奥深くにそんな発想が底流となっていることが判明してしまった事件の一つであろう。そしてそのような発想を持つ大臣を自分の意に沿う人間としてお友達ごっこ内閣に引きずり込んだのが総理その人なのだから、いまさら首を切る訳にも行かないだろう。

日本を美しい国にしたいのならば、まず伝統ある日本語の古典を勉強することだ。江戸時代の日本人は中国で書かれた儒教の教えを大切にした。仁、義、礼、智、信などはその中心の徳目で安倍さんの説く美しさはこんな哲学や道徳を身に付けろといいたいのかもしれない。それなら同じように中国の古典「論語」顔淵編にある有名な言葉「駟も舌に及ばず」くらいは、まず政治家の皆さんに憶えておいて欲しい。

この意味は「一度口に出してしゃべってしまったことは四頭立ての馬車で追い掛けても追い付けない」つまり「考えなしに迂闊なことをしゃべるのではないよ」との教訓だ。今やこの言葉が身にしみているのは柳沢大臣だろう。しかしこういう失言が出るのは決まって内輪の遠慮のない席か、あるいは自分より地位の低い者が集まっている場合で、ここなら本音でしゃべっても大丈夫と思っているからポロッと本音が出てしまうものなのだ。

ということはかれ自身女性とは子どもを生む道具だとの差別意識が心の底にあったからに違いない。これはもはや大臣をやめさせたって治ることのない本性なのだから、こういう人権無視の人間は次の選挙で落としてしまうしかないだろう。もし次の選挙でまたぞろ当選して出てくるとなれば、その地区の選挙民の考え方ももはや治療の手段はないと言うしかない。

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