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榊原烋一 【サカスト】 |
安倍総理のもと新内閣が発足する。安倍さんは公約の一つに教育基本法改正を掲げている。前にも述べたように、【サカスト】筆者には現行教育基本法のどこが悪くて改正するのかがよく分らないのだ。
【岸コラ】では日本国憲法は極めて改正し易いと述べている。たしかに自民、公明の与党プラス民主の一部がこれに加われば、現在の情勢からは衆参両院で三分のニの賛成を得られるかもしれない。しかし憲法の場合にはまさか一括賛成なんて訳には行くはずはないから逐条討議して、どこに賛成しどこに反対となるか、特に9条問題では与党公明党でさえ1項、2項はそのままにして3項を付け加える加憲案も提示しているし、まして民主党内には憲法護持派が存在するからそう急速に改憲できるとは思えない。
ところが教育基本法の場合は、もともと国民の大半がそれほど関心をもっていない。ただなんとなく、今のままではだめだ、と感じているだけで、それならば基本法のどこを変えればいいのかについて具体的な意見はほとんどない。しかもなんとなくいまの教育は駄目だという感想を持っている人達でも、どこが駄目なのかを挙げてもらうと、結局はしつけの問題とか、不良行為のような表面に見える生活指導的な問題を挙げる人が大部分だ。そんな隙をぬって改正される恐れがある。
ことわっておきますが、教育基本法を変えたって大人社会が今のままである限り、青少年の問題行動が減るはずはないので、ただ法律を変えたところで何の効果のあるはずもない。安倍さんはじめ自民党の皆さんは、最初から愛国心なる言葉を入れたがったようだが、この言葉にはさすがに平和と福祉を党是とする与党公明党からも強い反対が出て、なにやら郷土を愛せよ的な文言に変わって提案されるうようだが、法律まで作らなければ日本人は国を愛していないとでも思っているのだろうか。
だいたい法律で心の問題が解決すると思っているのが日本の政治家の奇妙なところだ。だから先日のように東京都教育委員会が卒業式に国歌を歌わなかった教師を処分した件での一審判決では、国歌斉唱の強制は違憲との判決になってしまう。もちろん一審での判決で東京都は当然控訴するだろうから、結果がどう出るかはまだ疑問だ。しかしこの判決を聞いた石原都知事の発言のおかしさはどうだ。
かれはこの判決を下した裁判官に対して、今の都立高校の現状を裁判官は見ているのか、あんなだらしない生徒の教育には目標を与え統制ある行動をさせなければならないのを知らないのか、と毒づいていた。卒業式で君が代を一斉に歌わせれば子供の不良行為がなくなるのならこんな簡単な教育はない。教師は喜んで毎朝でも歌わせるだろう。アメリカの学校では毎朝国歌を子供に歌わせているところもあるが、だからと言って子供の犯罪がなくなったなどの報告は聞いたこともない。あれは単に多民族国家のまとまりを損なわないためのしきたりに過ぎない。
さて、現行の教育基本法は日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示するという前文に続いて、僅か11条しかない簡素で品位のある法律だ。その内容は1、教育の目的、2、教育の方針、3、教育の機会均等、4、義務教育、5、男女共学、6、学校教育、7、社会教育、8、政治教育、9、宗教教育、10、教育行政、11、補足以上が11の柱だ。私は現在でも日本の教育はこれに沿って行っていればよいと思う。
今、自民党が考えている教育改革なるものは、愛国心教育をはじめ、大学の9月入学制、社会奉仕活動制度の導入、義務教育年限の前倒しなどが挙げられているが、これは教育基本法の問題よりもっと下位の法制度の問題にすぎない。義務教育の問題だけは現行基本法第4条に「国民は、その保護する子女に、9年の普通教育を受けさせる義務を負う」とあるから、もし前倒し(おそらく幼稚園の最後年をねらっているのか)をしようとするならばこの部分の改正は必要となる。
といっても幼児の保育並びに教育について、一方には保育園があり、もう一方には幼稚園ありで、すでに50年も昔から幼保一元化の声があったにもかかわらず、保育園の所管は厚労省、幼稚園の所管は文科省だからお定まりの縄張り争いがあっていまだに結着のついていない部分がある。だから基本法の改正以前に役所の頭の切り替えが先決だ。
また大学の9月入学問題は、第2次中曽根内閣時代の臨時教育審議会でも話題となってはいた。これもまた今から22年前の話だ。先進国といわれる国の殆どが9月始業となっていることと、日本人の海外留学や、また帰国子女など、あるいは海外からの留学生が増加して来たことから、外国の教育制度との整合性を持たせようというもので、今さら目新しいことではない。当時の審議会では最終的に9月始業は日本には馴染まないとして廃案となった。しかし実態としては少なからぬ大学で必要に応じて9月受け入れも実施している。だからこれも法改正など急ぐ必要はない。
さらに社会奉仕活動の制度化なども、学校種別を問わず実際の試みとして日本全国、各種の学校に既に例が見られるものであって、わざわざ法律で義務付けをするほどのものではない。こんな法律の制定を考えているその裏には、よもや自衛隊強制入隊までを見込んでいるのでは、との勘ぐりまで起こってしまう。ボランティアの精神などこそすぐれて心の問題であって法律で定めるようなものではなかろう。
一事が万事で、どうも政府、自民党の考え方は、しもじもを自分の思うように動かしたいために何でも法律で縛ってしまおうという下心が見えみえだ。こういう考え方をすることが、それこそ憲法で言う思想及び良心の自由という大原則の領域に踏み込んでくるものとして国民の不断の監視が必要な部分だ。
それよりもまっ先にやるべきことは官僚跋扈の根源を絶つこと、現在の官僚制度に残る問題点の多くは、戦前の1940年の国家総動員法体制以来の悪弊の名残りなのだから、政治家はまずこの改革からこそ先に手をつけるべきことなのだ。そして小泉さんがやろうとしてやり残した財政改革、地方分権、さらには規制緩和とその結果として起きつつある格差の増大などの始末をすることが先決だろう。
青少年の健全育成をいうなら、教育以前にあるこのような社会問題の是正から着手すべきであって、目立ちたがり政治はもういらない。中国の昔のことわざにあるように、政治の最終目標は一人一人の国民が鼓腹撃壌して太平を謳歌できるような世の中を作り出すことにある。そんな世の中の実現こそ至難の業ではあるが、そのくらい高い理想を掲げることが本物の政治家の望むことであって、つまらない法律いじりをすることではない。
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