東京オリンピック反対 近頃不思議話

天皇の人権

榊原烋一 【サカスト】
2006年9月11日(月)寄稿

天皇陵所在地域秋篠宮家に男子誕生、続いて自民党総裁選挙と、マスコミにとっては目の前においしい話がごろごろ転がってきたから、ただただお誕生おめでとうで、その先についての問題に関してはまさに思考停止状態だ。

おそらくあれほど騒いだ皇室典範改正問題も、わが国お得意の問題先送りによってしばらくは鳴りを潜めてしまうだろうことも想像にかたくない。そして今から40年ほど経った後に、なぜあのときにこの問題を結論付けておかなかったのかとの論が再び起こることも想像できる。その頃は私は生きていないからどうなろうと関係ないと言ってしまえばそれまでだが、気掛かりの一つではある。

手元にある今年のベストセラー新書「『権力社会中国』と『文化社会日本』」(王 雲海著・06年6月刊・筑摩新書)にも日本人の特質として「『文化社会』である日本においては、文化が社会の中心的力である。このような文化はいわば『民間的』であって、個々の人々の身の回りの常識,慣習、道徳から成り立っている。そのような『小さい』空間で存在する文化の中身は、常に自分の実の生活に直結するような極めて現実的なことについてである。そのような文化に常に身を置いている人々は、遠くにある大きなことを空論するより、まず目の前のことに関心をよせて、身の回りの『小さい』空間から出発しようとするのである。」と全く見事に日本人の特質を探り当てている。そう、日本人は先のことを考えるのが不得意なのだ。

この際だからこそ目の前の小さなことにとらわれないで、今のうちに時間をかけて、それこそ日本の歴史と文化の中での天皇家のあり方をゆっくりと議論して、国民の総意を導くべき結論を出しておくことが政府の大きな責任と考える。とりわけ日本の伝統と文化を強調する方々こそ、2000年を超える天皇家の歴史を徹底的に検証し、それを基本に今後の日本における天皇家のあり方を考える必要がある。現在のところ、文化、伝統尊重派の意見の多くは、歴史の中では極めて近い明治以後の天皇制のあり方だけに立脚した見方に偏しているように思えてならない。

歴史を眺めれば天皇の地位をめぐって骨肉の争いがあったことも事実だし、系統の違う天皇が並立していた時代だってある。これらは戦前の教育を受けた私たちだって教えられたことだ。むしろ現代の教育のほうが歴史を曖昧に解釈する論が幅をきかせて、学問的、知的な検証が欠落しているのではなかろうか。

【岸コラ】が前に述べていたが、こういう問題について当事者たる天皇に全く発言権がないということも極めて重大な人権問題であろう。天皇は政治に関与しないという原則はもちろん重要ではあるが、一家の相続に関してまで全く発言権がないということの不思議さを、日頃人権重視を叫ぶ日本人のだれも考えていないのだろうか。「神聖ニシテ侵スヘカラス」の時代であったればこその皇室典範であったので、それを戦後もそのままにしておいたこと自体が現実と乖離してしまって種々の問題をを生じさせている。

【サカスト】では以前天皇家の継承問題については天皇家の親族会議で決定すればよいとの意見を述べたことがある。そこに任せてその結論がおかしければ、国民の代表である国会が否決すればよい。最初っから男系でなければだめだとか直系男子に限る、反対に女性でも女系でもかまわぬなどと論争することは、あたかも競走馬の血統を騒ぐと同様の人権無視もはなはだしい論議である。少なくとも天皇家の相続に関して皇族の誰もが意見を述べられないという現状は不思議である。

それと同時に、宮内庁の役人にも改めて文句を言いたい。それは、これも以前触れたことがある天皇陵の公開調査を許可せよということである。歴史を正しく検証するためには、科学の一部門である考古学の基礎が何より必要なことだ。天皇陵の管理は今でも宮内庁が権限を握っているはずだ。昭和以後の天皇家の方々はいずれも科学に極めて深い関心と優れた実績とをお持ちである。であればご自分の祖先についての科学的な検証にも反対されるはずがないだろう。

これまで手のつけられなかった天皇陵には重要な考古学的文化財が埋まっているはずだ。場合によればこれまで判明できなかった事実も発見されるかもしれない。いや、大きな発見があることと確信する。墓地の発掘というと何か不謹慎な印象を受けるようだが、専門家が科学的な調査を行うことは何処の国でも実際に行っていることで、それを日本だけが不可能という理由はない。しかも、そのことによって天皇家の歴史、ひいては日本国の歴史が一層学問的な正確さをもって見直されるのであれば、皇室典範改正と平行して是非実行すべき問題であろう。

歴史を曖昧なままにしておくことは時の権力者の恣意によってそれを都合良く解釈される恐れが大きい。皇室に久しぶりの男児誕生の報で国民が湧いている今こそ、もう一度歴史の正確な検証を望み、天皇家にも国民の象徴であると同時に、その一員のそれぞれにも一人の人間としての人権があることにも私たちは気づかねばなるまい。

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【岸コラ】 「天皇の人権」と「国民の人権」


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