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榊原烋一 【サカスト】 |
報道によれば世界貿易機構(WTO)の多角的通商交渉(通称ドーハラウンド)は結局決裂状態で終わったそうだ。その大きな原因の一つが日本の農業問題にある。かなり以前から日本の農業のあり方には問題が多かった。とどの詰まりは農業生産性が極めて低いところにあり、外国産品の輸入自由化をすれば日本の農家はひとたまりもなく敗れてしまうことが明白だから、農産物関税の引き下げが出来ない弱味がたたっている。
日本の食糧自給率は僅かに必要量の40%以下。話によるとそば屋でざるそば1枚を食べても国産品は水だけとという。そば粉、小麦粉、燃料、のり、ワサビ、醤油、さては割り箸に至るまですべて輸入品だそうだ。
となると、もし戦争でも起きて海上封鎖をされたらば日本は食糧問題だけで降伏しなければならないだろう。自衛隊にいくら予算を注ぎ込んだところで食べ物がなければ戦にはならない。ということで、敗戦直前、今から61年前の日本の食糧事情がどうだったのかを参考にしてみよう。
出典は以前も紹介したことのある講談社刊の「22,660日の昭和」、ここではその第7巻の106ページから引用してみよう。時は昭和20年7月、敗戦の1か月前である。それまでに制空権と制海権のすべてを失った日本の食糧事情は最悪となって来た。それでもなお政府は国民に勝つまではがんばれとかけ声をかけていたのだ。だが実際のところは警視総監でさえ当時の東京都長官(現在の都知事)に対して、これ以上食糧の配給が減ったら都下の治安は保てない、と訴えていたのだ。
成人男子が1日に必要とするカロリーは平均2,300〜2,500だという。昭和20年7月の食糧の配給量は約1,100カロリーだった。これでも生き残れたのはその裏に闇市場があったことは当然である。これも現在の北朝鮮とそっくりだ。配給は米ばかりではない、大豆、豆粕、麦、芋など主食と称するすべてを含んでのカロリーである。
厚生省内に当時置かれていた戦時生活問題協議会の理事であった某氏は、当局の方針として次のように語っている。「米の配給が1割減ったからと言って慌てることはない。未利用食糧資源を活用すれば相当程度栄養を補うことが出来ると信ずる」具体的にはどんぐり、甘藷の葉やつる、澱粉の搾りかすの利用を呼び掛けている。
元活動写真の弁士から声優となり有名だった故徳川無声氏の7月10日の日誌にはこう記されている。「頭の悪い指導者の中には、自分は上等の飯を食いながら『前線ではカタツムリを食って戦っている、銃後(兵士以外の国民をこう呼んだ)もよろしくカタツムリを食え』と言い兼ねない馬鹿があるから情けない。」昔から日本の為政者のバカさ加減は少しも変わってないようだ。
そんな中で、国民はもっと頭を使って栄養の確保に励めよとの主旨で書かれた料理表(現在ならば定めしレシピと呼ぶようなもの)はこうだ。
「未利用資源の料理法」陸軍糧秣廠大阪支所発表。
| 鋸屑(おがくず) | 腐朽菌(ウスバタケ)により分解せしめたるのち粉末とし、小麦粉、米粉などに20%混入し、蒲焼き、またはパンとする。 |
| 藁、籾殻(もみがら) | 細断ののち更に臼で挽き微粉とし、水に浸しアクを除いて小麦粉その他に混じて食用とす。 |
| 蛹(さなぎ) | そのまま佃煮とし粉類に混じて団子とする。 |
| 蝗(いなご)ばった | 翅を取り熱湯に入れて脱臭し脚を除く。煮物、揚げ物、佃煮とする。 |
| ねずみ | 味は小鳥肉のごとし、ただし骨は人を痩せさせる性あるをもって避くべし。よく消毒して食用とする。 |
そのほか、ドングリ、落花生の殻、ミカンの皮、とうもろこしの芯、キャベツの芯、里芋の茎、そら豆のさや、よもぎ、ごぼうの葉、どくだみ、薩摩芋の茎、そてつの実などの料理法も記されている。
食糧自給の出来ない国が戦争となればこんな状態になるのだ。それでも当時は日本全体が貧しく、ろくな食べ物も食べていなかった。そんな中でさえこのような食物では我慢が出来なかったのだから、現在のような消費大国がこんな状況になることを考えただけでも戦争などという愚かな行為を起こさない覚悟が必要だろう。そして平和な今だからこそ何よりも日本の食糧政策について真剣に考えねばならないはずだ。
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