亡国のきざし クラシック音楽

個人の自由か

榊原烋一 【サカスト】
2006年7月1日(土)寄稿

小泉総理現職最後のアメリカ訪問も和気あいあいの内に終わったようだ。もちろん和気あいあいの雰囲気が作られたのも、世界のどこの国の首相よりもブッシュ大統領の言うことをことごとく聞き、ご機嫌を取結ぶことができた小泉さんだったからだ。

ブッシュ大統領もそれに応え、小泉さんが大フアンだというエルビスプレスリーが過ごしていたグレースランドまで大統領専用機で同行するサービスを演出して見せた。小泉さんも精一杯のユーモアとしてアメリカ人記者団にエルビスのヒットソング、ラブ ミーテンダーに引っ掛けた挨拶で笑いをとったという。

もっともこれで笑ってくれたアメリカの連中は、優しく愛して、という日米安保体制下にある日本国首相の置かれた立ち場を言葉の裏から嗅ぎ取って大笑いしてくれたのかもしれないが。

それはよかったが、ここでまたまた小泉節が飛び出した。靖国問題に関する質問だが、これは日本人記者団への答弁だったらしい。ここでまた彼は開き直った。個人の自由をうんぬんされる必要はないと。この愚かな首相は、首相の地位にありながらも自分はあくまでも個人だと言い張っているのだ。

【サカスト】で以前に述べたように今年の9月以降小泉さんが首相の座から下り一般人になってからならばそれこそ定期券を買って毎日でも靖国神社へ参拝したって一向にかまわないのだ。しかし日本国総理大臣の肩書きを持っているあいだは彼は絶対に個人とはみなすことが出来ない。現に最後の参拝はこっそり参拝した形にはしたがその周囲はSPが固めていたではないか。

個人としての小泉さんがなんで政府専用機を仕立ててアメリカへ行くのか、アメリカ政府がなぜ着陸地点に儀じょう兵を参列させ閲兵させるのか、なぜ大統領が専用機を仕立てて同行するのか、これこそ現職の首相は国を代表する立ち場であるからこそ行われていることを彼は全く理解できないらしい。

こんなことをぬけぬけと言わせてしまう陰にはマスコミの責任も大きい。戦後、戦没遺族の会の票が欲しい大臣達が靖国参拝をする、群がるマスコミがこれも馬鹿の一つ覚えのごとく公的参拝か、私的参拝かの質問をするために群がる。こんなことを繰り返すうちに次第に開き直る大臣が増えて来て公的参拝のどこが悪いと胸を張る。うるさく質問するならその答えに対してマスコミらしい論評をするための質問であるべきなのに、どちらですかと問うだけで論評をすることをやめてしまった。だから政治家たちも靖国問題に全く鈍感になってしまったのだ。

私の考え方をもう一度はっきりするために、憲法第20条をくどいと思われるだろうがここに記させてもらおう。

第20条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

ここに示すように信教の自由はすべての国民に対して当然保障されているから、小泉さんも個人の参拝は自由だとおっしゃりたいのだろう。しかしながら総理大臣が参拝するとなればこれはまさに靖国神社という一宗教団体が国からの特権を得たことになるし、国として宗教的活動をしていると考えることが常識だろう。総理大臣が国家を代表し国家の重要な機関であることが常識だからこそ、海外に出かけるときに政府専用機を使用することには誰からも文句が出ないのだ。

これまでの靖国関係訴訟でも合憲判決はただの一度も出たことがない、高裁段階まででは判決文で限り無く違憲に近い表現がなされている。しかし残念ながら最高裁判所では常に憲法判断を避け続けている。避けているということ自体がこの問題の複雑さを秘めているとも考えられるが、同時に日本人の事なかれ主義、先送り主義の典型を見せられている気がしてならない。

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