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榊原烋一 【サカスト】 |
サッカーの放送で日本中が大騒ぎしているうちにふだんならマスコミが大騒ぎするような事件が次々に起きている。サッカーだって決勝リーグ出場は99%危うい状態だが、高額な放映権を買ったマスコミ連中はやらないうちから日本絶望という訳にはいかないだろうから、なんとかサッカーを盛り上げようとするため、暇なときなら大騒ぎするような事件も片隅に置き去りにしている。
マスコミとはどっちみちそんなものだと冷めた目で見ていられればいいのだけれども、これが日本の世論形成に大きな影響を与えているのだから、【岸コラ】のようなミニコミでそういう欠陥を補って行く必要があることをたびたび主張したくなってくる。
今もNHKは貴重なニュースの時間で自分の局が改革を実施していることを懸命に訴えている。エビジョンイル時代の組織の乱れがボディブローのように効きだし、職員の不祥事が次々と暴露されてくる。挙げ句の果てにチャンネル数が多すぎる、などの批判が国会にまで広がってくる。そこでまた、自分の会社が税金と同じ視聴料を取って成り立っていることを忘れて、ニュースの時間まで使って自分の正当性を訴えることを当然だと考えてしまう。
組織の問題とはこんなもんで、どんな優秀な頭脳の持ち主が集まっても、出来上がってしまった組織の内部にいると、今、自分自身がやっていることをを客観的に眺めることが出来なくなってしまうから恐ろしい。
日銀総裁の村上ファンド関与問題、これも脇が甘かった。本人にどんな意図があったのかは本人以外には全く不明だから【サカスト】でも深く追求するつもりはない。しかし見方によればまさにインサイダー取り引きとも見られるような事態にかかわったこと自体、中央銀行総裁としての自覚が乏しいと言われても仕方あるまい。
それよりも国会での追及を受けて答弁に立った福井総裁の弁明をテレビで見ていて驚いたのは、開き直りとも見える答弁の態度が例の耐震疑惑事件のときのヒューザーの社長と酷似していたことだ。日銀総裁といってもあんな程度の人間だったのか、顔つきやしゃべり方から瞬間的にその人間のあり方を見る習慣がある元教師としては寂しい限りの出来事だった。
さて、【岸コラ】では村上ファンド事件について村上氏にかなり同情的だった。【サカスト】筆者もあり得る話という意味で同感する部分が少なくない。しかし、その後の報道によれば、通産省時代から知り得た内部情報を悪用して商売に転じた小役人の姿が浮かんでくる。その証拠に同じ東大同級生でこれまた通産省入りし、そこから離れて民主党の議員となった某氏にも村上がらみの疑惑が持ち上がって来ている。
話題は全く変わるけれども、高松塚古墳毀損事件に端を発した文化庁のあり方。これなんか最近右寄りの論者が盛んにわめいている「日本古来の文化や伝統は世界に冠たるものだから、これを尊重し国を愛する心を涵養すべきだ」という論調に悪のりした教育基本法改訂の作業中だというのに、言い出しっぺの文部科学省の下部機関が、こともあろうに1000年もの間無事に残っていた貴重な文化遺産を自分の手で破壊してしまったうえ、責任の所在もなすりあいしている体たらくだ。これが世界に冠たる伝統、文化を重んじる国の宝を所管する役人の姿なのか。
だから私は愛国心なる言葉をを法律に入れることに断固反対するのだ。私だって人並みな祖国愛を持ってはいるつもりだが、こんな愚かな役人が支配している現在の体制を愛する訳には行かない。
ことほど左様に現在の中央官庁の役人どものあり方には絶望すら感じさせられる。官僚の世界から離れて政治の世界に脱出した連中、これも前に言ったように沈没寸前の船から脱出するねずみのごとき状態で、国民、国家の将来を考える高邁な姿勢はいささかも見えない。
発展途上の三流国家や滅亡して行った国家におしなべて共通する歴史的事実は、為政者の腐敗とその手先となる官僚の自己保身の姿がある。体制維持の末端を受け持つ警察官、裁判官、あるいは税関吏などが不正をを行いだすとき、その組織はそもそも中心が崩れているから末端はそれに倣っているだけなのだ。
報道機関も大金払ったサッカーの放送に未練はあるだろうが、将来この国に禍根を残しそうだと思える事件は一見小さく見えてもこれを掘り起こして全国民に訴えるべき使命があることだけは忘れないでいてもらいたい。
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