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女系天皇の是非

榊原烋一 【サカスト】
2005年11月7日(月)寄稿
11月8日アップ

皇室の構成11月3日付朝刊各紙に以下のような記事があったことは御存じだったろうか。

女系天皇容認論を懸念
三笠宮寛仁さま 会報のコラムに私見

三笠宮寛仁(ともひと)さま(59)が従来の男系の皇位継承を支持し、女系天皇容認論に疑問をはさむ文章を、自身が会長を務める福祉団体の会報に掲載されていたことが分かった。

 皇室典範に関する有識者会議は、女性・女系天皇を容認した最終報告を月内にもまとめる予定。天皇や皇族は憲法上、国政に関与できないとされるだけに、有識者会議では皇族から意見を聞いておらず、文章は今後論議を呼びそうだ。

 三笠宮さまは、福祉団体「柏朋会」が九月末に発行した「ざ・とど(寛仁さまの愛称)」と題された冊子に、「とどのおしゃべり」というコラムを執筆。文中で「プライヴェート」と断った上で皇室典範の改正に触れ、「世界に類を見ない我が国固有の歴史と伝統を平成の御世で簡単に変更しても良いのか」「神武天皇からニ六六五年の間例外なく『男系』で今上陛下まで続いて来ているという厳然たる事実」などと記し、男系男子継承の維持を唱えた。

 さらに一九四七(昭和二十二)年に皇籍を離脱した旧皇族の復帰、女性皇族に旧皇族から養子をもらうこと、宮家が途絶えた秩父宮や高松宮の祭祀(さいし)をつぎ宮家を再興すること、などの意見も表明している。

 その上で、典範改正問題について「日本国という『国体』の変更に向かう事になりますし、いつの日か天皇はいらないという議論に発展するでしょう」と述べ、天皇制存続が危ぶまれる事態につながる懸念を表した。

 ここでいう三笠宮とは、大正天皇の第4皇子、つまり昭和天皇の弟に当たる三笠宮崇仁(たかひと)殿下の御長男だ。ということは現天皇のいとこに当たる方になる。このコラムが発表された福祉団体はもともと旧宮家の関係者が多く会員となっている団体だったから、率直に思う所を述べられたことと思われる。

 宮さまだってご自分の意見を堂々と発表することに異論がある訳ではないが、さすが皇室の一員だと思わせられた箇所があるのでこのコラムで取り上げさせてもらう。

それは神武以来2665年というくだりである。この年数は今は誰もとりあげないので若い人々にはなんのことやら分らないと思うが、実は戦前には現在のような西暦ではなく皇紀という暦年を使っていたのだ。そしてそれは西暦より660年古い年を紀元元年としたもので、なぜこの年が元年になるかと言えば、初代天皇神武が即位された年とされていたからである。

 西暦で言えば今年は2005年、それよりも660年前に元年があったのだから皇紀で言えば今年は2665年に当たる。ちなみに西暦1940年(昭和15年)は皇紀でちょうど2600年に当たったから、この年は日本中が祝賀ムードで大騒ぎであった。幻に終わった東京オリンピックもこの年に行われる予定だった。オリンピックが日本の記念に合わせてくれた訳ではなく、偶然1940年がオリンピック開催年に当たっていただけだ。しかし、前回のオリンピックは1936年ベルリン大会でヒットラー率いるナチスドイツが壮大な大会を開催しおおいに国威発揚に努めたことに倣って、おりしも皇紀2600年東京が開催地になった日本も手ぐすねひいて待っていたところ、第2次世界戦争のぼっ発で中止になってしまった。

 話が横路にそれてしまったが、さすが宮様、天皇家が2665年続いたと言うところがふーんと思わせられる。ただしこれはまさに日本神話の話であって「日本書紀」によれば神武帝は在位76年、127歳で没と書かれ、さらに「古事記」では137歳で没したとあるから、この話が実話であるはずがない。私たちは小学校時代、初代から当時今上天皇であった第124代の今は亡き昭和天皇までの天皇の名を丸暗記したものだ。神武、綏靖、安寧、懿徳、孝昭、孝安、孝霊、孝元、開化、崇神と10代まで並べてみたがこれを124代まで暗記していたのだ。

 しかし現在の歴史年表によればBC300年の頃でさえ日本は弥生時代にあたり、BC100年くらいにやっと漢書に倭人(わじん)の国が100余りに分かれて存在すると書かれたくらいだから、皇紀の年数はまゆつば物ではある。しかし皇室の系図とも言うべき皇室系譜(皇統譜)にはそのように書かれているからこそ、三笠宮がコラムでこの年数を用いたのかもしれない。

 ところが皮肉なことに父君崇仁殿下は古代オリエント史の研究者として有名であり、1966年、佐藤内閣の当時、建国記念の日を神武天皇即位の日とされる2月11日に定めようとしたさいに歴史学者としての立ち場から猛烈な反対をされているのだ。とすれば父君が否定された皇紀を、ここでまた持ち出したことになる。

 それと女系天皇に反対される立場だが、男系天皇とは天皇家の血を引く男子と言う意味だからかりに女系天皇が出現するとしても、仮に今の愛子様が女帝になりその子どもが天皇となる時になってやっと問題が起きるのであって、それまでに国民感情がどう変わっているかはまったく不明だ。さらに三笠案によれば、どうしても男子がいなければ旧皇族の復帰などを考えておられるようだが、それより2665年の歴史から考えれば、第2、第3夫人に男子を産ませることを考えた方が早いのではないかしら。皇室が一夫一婦制になったのはたった93年前の大正天皇の時からなのだから。

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