|
榊原烋一 【サカスト】 |
総選挙、この言葉を使う人間はそろそろ化石人間の世代だけかもしれない。ということは敗戦のおかげで日本の成人男女すべてに選挙権が与えられたことが、いまやそれは当たり前、当たり前といえばテレビ、パソコンがあるのが当たり前。もちろん空気のあるのも当たり前、御飯のあるのも当たり前のようになった時代にはそれほど選挙を重くも見なくなったように感じる。
とにかく選挙という行事は、真剣に政治をやりたい人、あるいは大臣になって勲章をもらいたい人、あるいは自分の考えがおかしかろうがなんだろうが、なんとかマスメディアの世界にのることによって自分を世間に売り込もうとしている人などが入り交じって候補になって出てくる。
だから選挙においての投票行動とは投票をする人間一人一人が、そのような人間の真意を見抜いて、自分の眼力に頼って自分の運命を決めているということだ。今回もひょんなことから選挙となり、マスメディアは大騒ぎだ。
さて、話変わって戦前の軍人サンと勲章の関係を考えてみたい。もちろん当時は天皇の軍隊。しかしこれは名目で、とにかく軍人は戦争を起こし勝利を得なければならない。戦争に勝てば国民は自分たちの命の安全が確保されるのだから、その指導者は熱烈に歓迎される。その報酬として勲章を貰い、爵位も付き、ましてやそれに応じた年金がつくのだ。
大正時代に生きていた芥川龍之介はそれを皮肉っていた。ガキじゃあるまいし、制服の胸に勲章いっぱいぶら下げて喜んでいるのは軍人以外にはない、と。(侏儒の記より)今でも社会主義国家の軍人さん方をテレビで見たとき胸いっぱいにぶら下げられた勲章に違和感を持つは多いのではないだろうか。
幸いなことに、敗戦後の日本では軍人であろうが文官であろうが功績があればいちおう勲章はくれる、しかし、文化勲章以外の勲章にはなんらの特典はない。文化勲章だけには唯一年金がついている。
話を戻して、敗戦後の日本人はだから皆が参加できる総選挙つまり民主主義社会の到来を喜んだのだ。また平和な世の中だからこそ、勲章をもらったとしても、それを飾って出かけるチャンスは宮中の国賓歓迎パーティくらいしかない、そこでさえも勲章を付けている人は少ない。天皇一家は礼儀として勲章はつけているが、お客さんの方はそんな制度がない国が多いからイブニングの正装ではあっても勲章は付けていない方が多い。
さてそんな席に絶対招かれないのは現在の日本では自衛隊のお偉いさんがた。自衛隊は戦争はしないことになっている、はずなのにどうしてか観閲式などを見ていると自衛隊のお偉いサン方はみな胸に略賞をつけている。すなわち勲章をもらっているのだ。つまりこれだけは国際的儀礼というか、軍人の制服だけは世界中勲章をつけることが正式な社会なのだろうか、戦争を一度もしたことのない国でも勲章をつけてるとは。
ところで誤解のないように申し上げるならば、ここでいう軍人とは、自分の意志でその職業を選んだ人間のこと、当然ハガキ一枚で召集された旧軍隊の兵隊さんのことではない。このところ昔日本の起こした侵略戦争を知らない、あるいは知りながら知らないふりをしている連中がなんと増えて来たことか。だから国民のために戦って戦死した人の霊に参拝するのがどこが悪いのだ、と開き直っている政治家が増えているのが恐ろしい。職業として自ら進んで戦争を起こし挙げ句の果てに失敗して死んだ人と、嫌だけれども仕方なく親を捨て家族を捨てて戦場にかり出された人とを一緒にされては困る。
戦争犯罪なんて戦勝国がかってに判決をくだしたのだと言うが負けたら文句は言えない。けれど自分で自分たちの指導者を選んだ結果が失敗であったのなら、その責任は自分たちの手によって裁くべきであったはず。現にドイツ人は自国民であろうが戦争犯罪特にユダヤ人虐殺ににかかわった人間は、遠く南米に潜んでいた者まで同じドイツ人によって探し出し逮捕してしまったではないか。
日本人は自分では戦争犯罪人を裁かず、他人が裁いた犯罪者は既に犯罪者ではないとして参拝するのが当然だと言う。こういう不思議な民族性があるから他国にはどうしても理解されないのだ。それが日本の文化なのだからそれでいいのだといくら力説しても、そんな理屈は世界のどこにも通じていないということに気づくべきなのだ。
勲章を付けていた連中は職業として軍人を選んだ人間、だから就職先の御国がつぶれれば仕事もなくなるのが当然。国民の命を守るという大義があるのなら、戦争はしないという現代の日本社会では、警察、消防、医療機関こそ勲章をもらうべき。
最後に一言。今度の選挙で、若手の官僚達は続々と立候補。党派は違ってもみな政治家を目指す。二世、家業世襲に比べれば未だマシかもしれないが、東大法学部卒、中央官庁の中堅幹部、この連中が役人やめて浮き草稼業の政治家になろうとするなんて。それほど役人商売には先が見えなくなって来たのだろうか。なんだか大火災の前にはねずみが家から逃げ出すという話を目の前に見るようだ。
この記事の読者数: