ヒロシマ・ナガサキ

榊原烋一 【サカスト】
2005年8月5日(金)寄稿

今年も敗戦記念の日が近付いた。敗戦の宣言をする直前に、日本は歴史上初めての大量殺戮兵器の洗礼を受けた。1945年8月6日、広島、そして8月9日長崎。

それ以前にもそれ以後にも人間がつくり出したこのような大量殺戮兵器は使われていない。したがって被害を受けた日本での当事者が少なくなればなるほど、周囲は無関心な人間だけになってしまう。

私自身はこの日、疎開の荷物、といってもリュック一個だけをもって信州の友人宅へ向かった。戦争に負けるということは既に分っていながら、数日の後に戦争が終わるなどとは夢にも思っていなかった。ただ、新型爆弾が落とされたというニュースから、信州に行っているあいだに東京の我が家も爆撃されて、天涯孤独の身になるかもしれないことは覚悟していた。これは【サカスト】で以前に書いたことだ。

NHKで「ヒロシマを知っていますか」という番組が放映された。私たちの年代ではヒロシマ、ナガサキ(なぜこれをカタカナで書くか、それは日本だけの問題としておけないからなので、決して戦後流行のカタカナ英語と同様ではない、カタカナとは日本人が外来語を表記する習慣があればこそ外来語的に発信したいのだ)を忘れる人間はいるはずがない。

テレビでは広島に生まれ、広島で育ち、今、広島の小学校に勤めている若い女性の先生…25歳くらいか…が自分の教える小学校6年生の子どもたちに、原爆被害の恐ろしさをどう教えるかに苦労している姿が出て来た。彼女は、自身の家族からも原爆の恐ろしさを聞かされ、自分の学校時代にも平和教育を説かれ、それでいながら、目の前の子どもにそれを直接教えることに躊躇して、平和が大切だという抽象的な詩でこれを教えようと試みている。なぜか?自分が教わってきた平和教育、しかも小学校でも中学校でも、さらには高校でさえも8月になると年中行事のように繰り返されるそれに対して、またかとの思いを彼女自身が抱いていたのだからだと言う。

彼女が教えている子どもたちは、彼女より更に10年以上幼い、だからその子どもたちの反応を考えると、ケロイドの写真を見せて原爆とはこんなにひどいものだという教育を毎年のように繰り返していても、平和の概念が子どもの身につくのかと悩んでいるのだった。

この教師の悩みはよく分る。すなわち、教育とは自身の体験だけを語ればいいものではないからだ。同じ特集で、アメリカの高校生がどう考えているかを(これだってただシカゴのたった一つの高校の一クラス30名足らずの映像だったが)やはり彼等の考えは原爆によってアメリカ人の犠牲が少なくなったとの理由で、当時の大統領トルーマンの決断が正しかったとの結論が多数だった。これも歴史をどう認識するかの問題になるからであって、話し合いの後で広島の惨状を記録した写真を見せると一瞬、彼等も沈黙してしまう。

戦後日本は平和国家を目指した。特に左派各政党はイデオロギー的に平和運動を行なった。そこで原爆廃絶運動も盛んになった。しかしながら左派の中でも社会党と共産党は分裂し、1960年に日米安全保障条約の改定をめぐる日本全国を二分する政治問題も加わって、せっかく55年、初めて世界から6億6千万名の署名を集めて広島で第1回原水爆禁止世界大会が開催され、その後も毎年日本で開催されていたこの大会もやがて分裂状態になってしまった。

まして61年ソ連が超大型の水爆実験を行った際には、全世界の核実験に反対する社会党系と社会主義国家の核実験は防衛的なものであるからかまわないと言う共産党系運動体の左派政党同士の争いまで起こり、せっかく世界で唯一の被爆国日本の主張も自国の国内問題に矮小化されてしまった時期も出てくるありさまだ。

いずれにせよ、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下という殺りく作戦は日本だけの問題ではなく世界史の上にとどめておかなければならない重要な出来事であるが、この事実が現実に日本国内で風化しつつあることにはいくつかの問題点が考えられる。第一に直接被害を受けた人々の高齢化、直接体験を持たない人口の増加があるだろう。しかし、歴史上の出来事で直接体験がなくても忘れられていない事実はたくさんあるはずだ。にもかかわらず、ヒロシマ・ナガサキの歴史が風化してしまう恐れはどこにあるのだろうか。ここに日本の教育における近現代史軽視というか、近現代史逃避の現象に大きな原因があると言いたい。そしてなぜ日本人が近現代史に触れたがらないかといえば物事をあいまいのままにするのがよいという日本人の姿がそこに浮かんでくる。

平和が大切、という呪文を唱えていれば平和がやってくる、という考え方は平和原理主義と言ってもよいくらい純粋だがお人好しの考え方だ。ここでは依然として残る人種差別の要素さえも無視されている。仮にアメリカがドイツに対して最初の原爆を投下していたら?これは世界史の中でも特筆される大問題となって現在でもその功罪が激しく論議されるだろう。戦後アメリカの占領下にあり、その後もアメリカの傘の下にある日本は、こんな残虐な兵器を用いたアメリカも反省せよとの世論形成はほとんどしていない。ひたすら被爆者の辛さ、悲しみを伝えるだけだ。まして、社会主義国の核保有は平和のためなどというナンセンスとも言える論が一時であろうがまかり通っていたとは。

世界の中で日本だけが核兵器の廃絶を訴える権利があるのだ、そして世界をこのままにしておけばいつかはその核は人種、信仰、民族を超えて人類そのものの滅亡につながるのだという論理をもっと世界に向けて発信し続けることこそ、日本人がヒロシマ・ナガサキを風化させないための大切な勤めなのだ。

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【サカスト】ヒロシマ・ナガサキ その2(2005年8月6日寄稿)


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