談合と天下り

榊原烋一 【サカスト】
2005年7月27日(水)寄稿

手もとに、週刊文春7月28日号がある。実際の発売日は7月21日だ。この中に「ニュースの考古学」と題した猪瀬直樹氏の連載がある。抜粋してご紹介しよう。

……いったい内田道雄副総裁はいつまで開き直っているつもりか。道路公団民営化委員会(5月24日)で、公団天下りOBの談合組織・かずら会について知っていますね、と訊くと「新聞で拝見してそういうものがあるということは承知しました」と答えた。しらじらしいので、僕は「ウソでしょう」と言った。司法の手を借りるまでもなく、技術系トップの内田副総裁が率先して組織の膿出し作業にあたらなければいけないはずなのに。以後、民営化委員会の出席要請に対して「著しく名誉を毀損するものであり…名誉が回復されるまで出席を差し控えたい」と回答したままになっている。6月29日水曜日、東京高検はついに日本道路公団への強制調査に着手した。その直後に開かれた7月5日火曜日の民営化委員会で、内田副総裁は説明責任を果たすべきだった。だが相変わらず名誉毀損を理由に欠席。近藤総裁は情けないことに、出席しろ、と言えないのである。「猪瀬委員と内田副総裁の間で、何らかのコミュニケーションがなされることを期待したいと思います」何を人ごとのように言っているのだろうか。僕のほうは「何らかのコミュニケーションをしたい。しかし、出て来なければ仕方がない。(以下略)……。

【サカスト】筆者はこの猪瀬委員に全面的な信頼を寄せている訳ではない。民営化の際、官僚寄りの立ち場に変身してあいまいな結論を出したことからも、人格的にはどうかと思う部分がある、しかし、この文は実際の話だろう。現に渦中の内田副総裁はついに高検に逮捕された。本人はこの期に及んでも知らぬ存ぜぬで頑張っているようだが、すでに部下で実際の発注の実務に当たった人間から、分割発注をすると1億円くらい余分にかかります、と意見されたにもかかわらず、あくまで分割発注にこだわった。民間会社ならば当然背任罪にあたる。

内田氏は生え抜きの公団職員、近藤総裁は民営化にあたって外部から招聘された人間、といっても総裁は当然副総裁の上司だ。民間会社なら自分より後輩であっても役職が上になればその命令は聞くはず、ということは、このような特殊法人のみならず、官僚組織には厳然とした内輪固めの組織があって外部の人間の言うことなどは全く無視するという悪しき体質があるということがはっきりしてくる。

アスベスト事件では厚生労働省の副大臣が、役所に落ち度があった、とはっきり言明すると、すかさず事務次官がそれを明確に否定、案の定大臣もその尻馬に乗ってしまう。これが役人の無責任体質と内部かばい合い慣習だ。そして最後はこれまた国民の税金でしりぬぐい。

話を元に戻して、この内田なる人物、先輩諸氏も皆同じことやっていたのに、と不運をかこつていることだろうが、東大卒以来公団一筋で60歳まで勤め上げても、悪いことすりゃこうなると一罰百戒の見本にされてしまったわけだ。これで懲戒免職にでもなれば勲章も貰えない、退職金も出ない、それこそ先に天下りした連中と比べてとんだ思惑違いの人生になってしまうが、これも身から出た錆とあきらめるしかあるまい。

個人的なことはともかく、もともと道路公団は一つの路線が黒字になったらその路線は無料にするとの約束で作られた法人だ。約束を守っているならば東名、名神道路などはとっくの昔に無料で開放されている。ところがここへ政治家が割り込んで来て、赤字でも何でも我が選挙区にも高速道路を引けとなったために、全線プール制ということになったからいつまでたっても無料どころか借金も返せない、料金は上がることはあっても下がることはない、という状況だ。

公団幹部、OBともにこういうしきたりに安住しているうちに、税金と通行料はどう使おうが自分の勝手という体質に染まってしまった、その中で自分の天下り先さえ確保できれば道義もヘチマもあればこそというまことにお粗末な人間ばかりになってしまった。

【サカスト】筆者は教員時代に道徳教育に夢中になっていたことがある、子どものために必要だと思っていたからだ。しかし、世の大人どもの言ったりやったりすることをつらつら見ているうちに、こんなインチキな教育など子どもにとって何の意味もない、いや、子どもたちに偽善とはこういうもの、と教えているような気がして来てあまり乗り気ではなくなってしまった。肝心の道徳教育自体、官僚の予算分捕りの口実になったり、ご用学者の点取り合戦になってしまったから。

高学歴の大人こそ道徳的に優れた行動をして欲しい、そういう人間の言ったり行ったりすることこそが世の中に一番大きな影響を与えているのだから。古くからそういう人間のあり方を日本では武士道と呼び、西欧では騎士道と呼んでいたのに、いまや言葉とともにそのような人間のあり方まで消えようとしている。寂しいことだ。

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