サイパンの悲劇

榊原烋一 【サカスト】
2005年7月3日(日)寄稿

「戦陣訓」日本文学電子図書館たまにはNHKさんも褒めてあげたい。昨夜の「僕らは玉砕しなかった」、サイパンで生き残った人々の証言、それぞれが、本当に運が良かったから生き残れたの一言に尽きる証言だ。

そして、戦争中の日本軍を初めとする、国の考え方のなかで、なんとばかばかしい最後を遂げなければならなかった国民がいたか、当時を既に子どもとは言えない年齢で過ごした我々老人は真剣に回顧せざるを得ない。

今、あの戦争は正しかった、とか、わが国の興亡をかけてせざるを得なかった戦争だったなど唱えている人々は、あの証言を聞いてどう思っているのだろう。古今東西を通じて戦争とは勝っても負けても悲惨な結果を個人にもたらすことになる、だから戦争はしていけない、と、もし本気で思うなら、当時の日本が正しかったなどと言えるはずはない。

生き残った人々はもはや70代以上の高齢者がほとんどだ、そしてだれのせいでもない運命の中で偶然に生き残れた、その人々の証言から、死んで行った人々の気持ちが鮮明に汲み取れる、それは死にたくて死んだのではない、そうさせられてしまったのだということが明白に裏付けられている。

戦争に赴いた兵士でさえ命が惜しくない訳ではない。昭和12年(1937)に始まった日中戦争は、当初局地戦争で終わるかに見えたが、当時の陸軍はこれを押し広げて全面戦争の様相を帯びさせてしまった。中国は広大だ、どこまで進んでも終わりが見えない、次第に将兵の中にも厭戦気分が漂ってくる。

そんな中で昭和16年(1941)12月、ついに太平洋戦争へと突入せざるを得なくなってしまうのだが、その年の1月、行く先の見えない戦争にそろそろ倦んで来た将兵の士気や道義を高めるために「戦陣訓」なるものが訓示された。この時の訓示者が当時陸軍大臣であった東條英機その人である。ここに書かれた有名な言葉、それが「生きて虜囚の辱めを受けず」であった。つまり降伏するなら死を選べ、との命令だ。

明治15年(1882)陸海軍軍人に賜りたる勅語としてのいわゆる軍人勅諭が発布されている。ここには軍隊は天皇が統率することが明示され、続いて5ヶ条からなる心得が示されている。1忠節、2礼儀、3武勇、4信義、5質素、これらの点はどこの国の軍隊でも重視することで、天皇の存在以外は外国の軍人の資質としても特異なものでもない、さらにその後段では、西郷隆盛の起こした西南戦争などからの戒めとして、軍人は政治にかかわることのないように厳しく示されている。ちなみにわれわれの世代は旧制中学校以上では教練の時間にこれを暗唱させられることが多かった。

この勅語は当然太平洋戦争時も生きていたにもかかわらず、軍人は公然と政治に干渉していた、そこへ追い討ちをかけたのがこの戦陣訓なるものだ。当時は新聞、ラジオしかない時代であったが、そのほかにニュース映画というメディアがあった。特に都会にはニュース映画専門の映画館もあり、毎週新しいニュース映画を上映していた。その中でしばしば東條陸相がこの戦陣訓を大きな顔をして国民に説いていた事をはっきりと記憶している。彼はその年10月、現役軍人のまま総理大臣、陸軍大臣、内務大臣を兼任、言うならば独裁的内閣を作り、その年の12月、英米に宣戦布告をしたのだ。

戦局が次第に不利となってくるが、兵隊達は負け戦と分りつつ、降伏は許されない、やむをえずあちこちで全滅の悲運を待つ以外になすすべがない、これを国内のメディアは玉砕と褒めたたえる、こんな中で民間人まで巻き込んでしまったのがサイパンであり更には沖縄となった。

民間人までもが、アメリカに投降すれば男性は即座に殺され、女性は強姦されて殺されるとの軍隊の宣伝を真に受けた、しかも兵隊は降伏も許されない、その中で多数の自殺者が出てしまったのだ。その中のだれもが死にたくはなかったのだが、死以外に選ぶ道がなかったとしか言えない状況に追い込まれたというのが真相だ。

この番組を見て、同世代の私にはいくつか胸に突き刺さる思いがあった。なぜ生き残った人々の告白が61年も経てからでなければ出来なかったのか、またテレビ画面で告白する人々のうちの何人かは、今でも生き残ったのが恥ずかしいとの表情を見せるのか、この人々の心の中には今でもあの当時の無謀な教えがわだかまっているのだろうか。

今年も間もなく敗戦60年記念日がやってくる。私はこのような真実の姿の中から、本当に靖国で会おうと喜んで死んだ者がどれほどいたのか、まして自分の赤ん坊まで殺して自殺しなければならなかった母親たちの無念をどうしたらはらすことができるのか、そしてこれらの無意味な犠牲者を出してしまった戦争指導者を、なぜ今また祀りあげなければならないのか、犯してしまったあやまちをなぜ率直にただそうとしないのか、などを真剣に考え、また語り伝えねばならないとの思いが強くなるばかりである。

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