立ち上がったレッサーパンダ

榊原烋一 【サカスト】
2005年5月28日(土)寄稿

まったく日本と言う国ではなんでもブーム。おばさんたちがヨン様に浮かれたかと思うと今度は立ち上がるレッサーパンダブーム。どこかのテレビが珍しがって報道すると、日本全国至る所の動物園から、うちにも立ち上がるレッサーパンダがいますと大騒ぎ。

これって何のことはない、犬だって、猿だって餌が欲しければ無理してだって立ち上がる。猿から人間が出来たのも、立ち上がらなければ生きて行けなかったから。

私が初めてレッサーパンダに出会ったのは子どもがまだ幼稚園の頃だろうか。小さい子どもが喜ぶ姿は動物園が一番。そのころ東京では上野にある動物園がもちろん有名、私自身が幼稚園の頃、親に連れられて上野の動物園で迷子になってそれこそ死ぬんじゃないかって泣きわめいた恥ずかしい記憶がある。

そんな私が親になって初めての頃、多摩動物公園が出来た。ここは上野と違ってとにかく広い。それも当たり前で、当時は山か丘かしかない東京西部の山麓を切り開いて作った動物園なんだから。もっとも上野の公園だって作った当時は単なる山で、当時としては広い場所が空いてたから公園にしただけでしょう。

しかもここには駐車場があった、マイカーブームの始まりだ。子連れの親にとっては絶好の場所、それでも当時はけっこう遠出をした感じ。

そこではじめて見たのが、今ブームになっているレッサーパンダ。解説を読んでレッサーとは英語のlesserであって更にgiantというパンダがいるのだという言葉が妙に気になった。ただこのレッサー君も中々可愛らしいので印象に残っていた。

さてそれからすぐにトヨタが新しい大衆車を開発、その車名を全国から募集した。私はすぐさまこのレッサーパンダを思い出して、PANDAと言う名前をはがきにしたため何通か投書した。

しかもそれにはもっともらしく、パンダという動物は小さいけれどすばしこい、そしてかわいい、まして最後の決めて、それはどこの外国語でもこのスペルならば同じくパンダと発音できる。

投書してからしばらくは、私の命名に勝るものがあるはずはない、したがって賞品の車は私のもの、と発表の日を指折り数えて待っていた。

発表当日、朝刊を見て驚いた。なんと当選車名はパブリカではないか。その理由にいわく大衆車すなわちPUBRIC CARだからパブリカだってさ。

そのときはがっかりもしたが、なるほどうまい命名だと感心もした。同時にこれって八百長?もともと会社ではこの名を考えておきながら、公募に見せかけた宣伝だったのでは。それ以来、私はこの種の広告に疑り深くなってしまった。

ところがそれから数年経って、上野動物園にほんもののジャイアントパンダが来た。これを見るのに日本中がひっくり返るような大騒ぎ。動物園は連日超満員。パンダを見られるのは僅か数十秒、ってなありさま。

この時も考えた、トヨタも私の意見を採用していたらもっと車売れたのに、と。しかしその後、イタリーの有名自動車会社フィアットにパンダという車があることを発見、ひょっとしてこの名は既に登録されていたから私の提案はボツになったのか、あるいはトヨタがぼやぼやしていて私の投書を登録しておかなかったためか。

人間の世の中には謎が多いものだ。立ち上がるレッサーパンダの騒ぎも梅雨が終わるくらいには忘れ去られていることでしょう。

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