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榊原烋一 【サカスト】 |
久しぶりでNHKクローズアップ現代を褒めてあげたい。東京都教育委員会が都立高校に対しての卒業式の国歌、国旗に関する通達の問題を、中立というより問題点ありという立ち場で取り上げたのは正しい。
そもそもこの問題にはイデオロギーの問題があった、その意味でかつての社会党、共産党の果たした役割は大きいものがあったが、今の両党のちょう落を見れば単なる反対のための反対だけでは国民が納得しなくなったとも考えられる。しかも都立学校には日教組傘下でももっとも強硬な東京都高等学校教員組合、略称都高教組と呼ばれる組合が頑張っている。もう一つ都立学校には養護学校と言うのがある、ここの組合も強い。
労働者が組合を組織することは当然だが、これらの組合はあまりはやらなくなったイデオロギー闘争の名残りをいまだにひきずってきている、したがって国旗、国歌に対しても当然の如く反対闘争を繰り広げて来た。これだけでなく、実は都高教組は学校内部でも校長から人事権を奪い、学年主任、教務主任などの主任や校務の分掌などの人事をすべて自分達で決定する慣行までもがっちり作り上げてしまった。
もともと国には国旗と国歌は必要だ。国際関係が密になればなるほどその必要性が出てくる。ただし、今の国旗と国歌がいやだというのならば、これは敗戦のときに新国歌と新国旗を作るべきだったのだ。しかし敗戦後も日の丸は船舶の標識としてそのまま残ってしまったし、国歌も歌詞が戦後日本の体制に合わないと文句はつけられながらもそのまま何となく残ってしまった。現在残る多くの混乱のもとはこういう日本人の曖昧な態度がその原因だ。
さて、戦前は国旗、国歌は学校教育でどう扱われていたか。これは明治以来儀式の際には国旗を掲げ、国歌を斉唱すると定められていた。特に四大節と言われた1月1日の元旦、(これは宮中行事にちなんで四方拝とも呼ばれた)2月11日の紀元節、4月29日の天長節、そして11月3日の明治節には子どもを学校に集め、御真影(天皇の写真のこと)を拝礼し、教育勅語を聞くことが義務付けられ、当然国歌も歌われた。また各家庭でもこぞって門前に日の丸を掲げる風習があった。
これらの儀式は戦後すべて廃止、これに変わって国民の祝日が設けられたが、戦前のように子どもを学校に集める義務はなくなってしまった。これでは国旗と国歌は学校教育の場から消えてしまう、そこで目を付けたのが戦後も残っていた儀式としての、入学式、卒業式だ。
国旗、国歌に対する反対が国民の間に根強くあった戦後しばらくは、政府もおっかなびっくりと学習指導要領の特別教育活動の領域にある儀式の章で「入学式、卒業式等の儀式の際には日の丸を掲げ、君が代を斉唱することが望ましい」と表現するにとどめた。望ましいのだから当然強制力はない、したがって組合勢力の強い学校ではこんなものに目もくれるはずはなかった。
世の中が落ち着いて来るに従って、また自民党政権が安泰な勢力を持ち続ける自信を持ちはじめると、今度は学習指導要領の同じ表現は次のように変化する、「儀式の際には国旗を掲揚し、国歌を斉唱するものとする」。するものとするという表現は、しなければならないと言う意味を持つ。ここで学習指導要領を借りて日の丸を国旗と呼び、君が代を国歌とするという表現を世に問う形を取った。
これでも国民の大部分が異議を唱えないことを見て取った自民党政府は1999年8月13日施行の法律をもって君が代を国歌とすることに決定した。このようないきさつはあったとは言え、現在東京都が都立学校に指示した卒業式のあり方は実に細かい。日の丸は舞台正面のどこに掲げなければならない、君が代の伴奏はピアノの生演奏でなければならない、君が代斉唱中は教師、生徒はもちろん保護者にも起立させなければならない等々、また式次第にまで学校の独自色を出すことを許さないものとなった。
イデオロギーによる反対でなくても、入学式や卒業式の儀式のあり方は、それぞれの学校また生徒やその保護者の希望で様々な工夫があってよいはずである。それをいっさい認めないこのような通達は、NHKですら疑問としているとおりに行き過ぎであると感じるし、そのような通達を平気で出す石原都政下の東京都教育委員会の姿勢にも危険を感じる、と同時にそこまでさせてしまった都高教組の体質にも疑問を持たざるを得ない。
たびたび言うように民主主義は少数意見を尊重はするが、最終的には多数決による決定が前提になって行われる政治手法なのだ。自分の意見を通したければその意に沿う政権を作るための努力をし、かつそれが民意の多数を占めるものとなるべく行動しなければならないのは当然である。これを忘れた活動を続けている側も世間知らずのそしりを受けても仕方あるまい。
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