今日の選挙は

今日が参院選挙、各党は必死で公約を訴えている。どの政党も聞いていればうまいことばかり言っている。けれども、候補者は永田町の論理で大騒ぎをしているけれども、本当の敵は霞ヶ関の論理なのだ。これはどんな政権が出来ても変われない。それほど日本社会は官僚の世界になっている。

ちょうど、旧ソビエト、そしてそれを防ぐべく戦ったと思われるナチスドイツ、最後に日本。これらの国々がなぜ未だに生き残っているか戦後の日本がなぜ復興したか、アメリカはなぜイラクで手こずっているか、これを別の視点から民主主義を保つように真剣に考えるべきだ。

社会保険庁の問題だって最前線の役人は、え、関係ないよ、と昼休みには未だに窓閉めてのんびり、自分の年金どうなっているのか聞きにくる人々でどんなに行列できても知らん顔。

それはどうしてか。とにかく上の人から間違いをしなければいい、庶民の言うことはいちいち聞くな、だから窓口も失敗さえしなければ自分の地位は死ぬまで安泰。

どこの市役所の窓口でも、市民の声を聞く立ち場の方々は、なんで私が文句を言われなければならないのか理解できないような住民の声にも、本気で耳を傾けている。反対に、おれは中央官庁から命令されたエリート、3年もすればどっかに移る、庶民の声よりも自分の出世が大事、もっと悪いのは安月給でいい、首にならなけらばそれでいい、出世する欲もない、給料さえ保証されれば本気で国のことなど考える必要はない。

こんな情けない官僚を作っているのはどうしてか。選挙前にうまいこと言っているどの政党でも中央官僚にそっぽ向かれて現実の政治はできない、という民主主義社会を作ってしまっているからだ。

こんな世界は、最後にヒットラー、スターリンを望む世界になってくる。これが一番恐い世の中だ。とにかく、政権政党を時々変える、そして政治家にも上級官僚にも時々刺激を与える、こんな考え方で選挙に臨むのが税金を受け持つ庶民が考えなければならない。「政治家?、どれを選んでも変わりない」、と考えれば、官僚社会が最後に力を持つだけだ。

もちろん、中央官僚の中にも本当に国家、国民を考えている人間がいないことはない。しかし最後は自分の身の上を考えてしまうのは、人間として無理はない、そのために若い頃には懸命に勉強して国家の未来を真剣に考えてきた、こんな大学の頃の若き理想も、周囲がまるきり忘れてしまっている官僚社会に入っているうちにどんどんと退化してしまう。

解決方法はとても難しいけれど、国民は官僚の言うことばかり聞いてはいないぞ、という意志表示のために、時々政権政党を変える勇気を持たないと政治屋は退治できてもその裏の官僚の退治は出来っこない。

2004年7月11日寄稿

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