取り越し苦労か

私は貝になりたい」、懐かしい。このドラマの放映は私が大森六中に転勤してすぐの頃だった。ストーリーそのものは戦争の持つ不条理さを改めて当時の日本人に思い起こさせてくれるものであったが、何よりフランキー堺のキャラクターが物語の主人公にぴったりだったというのでこのドラマが大きな波紋を呼んだ一因となったこともあるはず。

善良な一市民が戦争が終わってやれやれとまた平凡な生活、しかし平凡ということが実は一番の幸せであるはずなのに、自分の意志のまったく及ばないところでそれが壊されてしまう、その恐ろしさを彼のキャラで演じたことが視聴者の共感を呼んだものと思う。所さんがやるかやらないかは知らないけれど、あれほどの感動を生むかどうか。ちょうどアメリカ映画「風と共に去りぬ」の主人公レットパトラーがクラーク・ゲーブルでなければならなかったように、また「ローマの休日」がオードリー・ヘップバーンでなければあれほど当たらなかったかもしれないように。

しかし、軍隊というところは、日本だけでなく命令で動かねばならない組織であることは洋の東西を問わない。近くはあの民主主義国家アメリカのイラク捕虜虐待だって、結局は上官の命令のままに動いた結果のようだ。しかも日本軍隊は明治時代の「軍人に賜りたる勅語」によって「上官の命令は天皇の命令」と叩き込まれた。しかし同じ勅語の中には「軍人は政治にかかわらず」とも書かれていたのだ。それなのにかの有名な二・二六事件を境に軍人の政治への露骨な干渉が表に浮き出してくる。

もともと、日本軍隊は少なくとも第一次世界大戦の頃までは国際法規を遵守する点では一級の軍隊だった。日露戦争当時はもちろん、第一次大戦ころまでの戦争捕虜の扱いはまことに人道的なものであったらしい。香川県善通寺のドイツ捕虜が日本最初の第九交響曲の演奏をしたこと、そして戦後その捕虜達のなん人かは日本に残ってドイツ料理やパンの製法を伝えたことなどはその現れであろう。

同時に、第一次世界大戦はヨーロッパに総力戦の概念をもたらした。それまでの戦争はもっぱら兵士による戦いであったのに対し、この戦争は、国民を巻き込み、国家産業の総力を巻き込んだ。その結果、ヨーロッパのいくつかの国では王室が廃止され、社会主義国家が誕生する。大戦ではそれほどの負担もなく、かえって戦争特需に沸き返った日本だったが、政治の中枢部では王権の滅亡、社会主義の隆昌といったヨーロッパの実情を見て、日本の国家体制に及ぼす影響を一番憂慮していた。その最右翼が陸軍で、このころから総力戦の概念の研究が真剣に討議されてくる。

上層部はそうであっても、徴兵制度で召集された一般兵士のかなりは貧しい農家の出身者が多く、働き手の自身が兵士になったため残された家族は困窮して行く。特に日中戦争が始まり、しかもこの戦争が部分戦争で集結せず次第に拡大し、戦争終結の見通しも立たない状況になると、兵士内部での動揺が形に現れるようになる。そんな中で「軍人勅諭」を一段と厳しく内部統制の道具としたのが悪名高い「戦陣訓」であったと推察する。

ここで強調された「生きて虜囚の辱めを受けず」が日本兵士を死に追い込んで行った。同時に、自分は死んでも捕虜にならないつもりで戦っているのに、おめおめと手をあげて投降する敵に対する侮蔑の念も、捕虜虐待の一因となっていたはずだ。

歴史は繰り返す。最近NHKが「ご近所の底力」なる番組を放映しているが、戦前軍部が「隣組」制度を強制したり、もっと前の江戸時代に檀家制度作って国民を相互監視の中に押し込んだ歴史を思い出すと、巨大メディアがなんでこんな番組を流すのか、と薄気味の悪い思いをしてしまうのも年寄りの取り越し苦労なんだろうか。

2004年7月2日寄稿

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