雅子妃問題は皇太子の声明発表で一応のけりは付いたようだが、今後の宮内庁の対応がどうなることか。最近の役人は敗戦直後の自由な発想がまたぞろ昭和の権威主義に戻りつつあることが気掛かりだ。とりわけ、皇室を取り巻く菊のカーテンはむしろ明治に逆戻りの錯覚すら思わせる。それならそれで、思いきって明治帝時代と同じように、男の子が必要なら一夫多妻制度を復活させればいいのに。皇室が一夫一婦制になったのはたかだか100年足らずの歴史しかない。それは大正帝からの慣習に過ぎないのだ。
しかしながら、現在の日本の社会、まして天皇家は戦後国民の象徴となった以上、国民の道徳的指標でもあるとするならば、まさか一夫多妻制度には戻せないだろう。
いずれにせよ、明治帝は陸海軍を統率する権威を確立したし、大正帝は健康に優れず僅かな在位期間で終わったが、昭和帝はその権威を見事に使用して、敗戦処理という難事業をやりとげた。しかも当時皇太子であった今上帝にはアメリカ婦人の家庭教師をつけ、周りには碩学の助言者を配した。そんな教育の成果が民間からの皇太子妃、美智子さまの出現となる。はじめて民間人から皇室に入った時の美智子妃の決意はなみなみではなかったろう。案の定、大奥をはじめ皇室の取り巻きの大姑、小姑からの凄まじいいじめに会って一時は鬱状態になられたこともあった。ほんとうはこれだって歴史をさかのぼれば民間人が皇后になり、そのご縁で実家は貴族の地位を得たサムライたちはいくらでもいたのに、これも単に明治以後の慣習を破っただけで大騒ぎになったのだ。
まして、こんなに世の中が変化してしまっている中で、宮内庁の役人はどうやら皇室を明治の世の中へ引きずり込もうとしているとしか思えない。せっかく天皇の例に倣って民間から皇太子妃を迎えた以上、美智子様の轍を踏み外すことなく、さらに一歩前進した皇室のあり方を国民の前に示すことが宮内庁の役目であり、それを支えることがマスコミの役目でもあったはずだ。
現実は、皇太子のそんな思いを打ち砕いてしまった。流産で大騒ぎ、愛子さまが手を振ったで更に大騒ぎ、近所の公園に出かけたとなればここにもカメラの行列。これじゃ雅子さまもやってられない。
だいたい話相手は、ご主人以外はじいさん婆さんばかり、親しい友人と食事することもできない、買い物にも行けない、そんな生活が、外国生活の方が長かったキャリアウーマンに耐えられるはずはない。ついに見兼ねた皇太子がなんとかしてくれと立ち上がった。
さて、今後周囲がどう変化するか、これがあまり期待できないんだな。何しろ菊のカーテンが厚ければ厚いほど我が身が安泰と思っている取り巻きが圧倒的に多くなってしまった今の日本。いやらしい権威主義の復活がだれの目にも明らかなんだから。
皇太子殿下、いい方法があります。親しいイギリス王室に倣いましょう。そう、シンプソン夫人との結婚のために王位を捨てたエドワード8世、後のウインザー公の例を。これってたった70年ほど前のことなんです。雅子様の自由が今後も奪われ続けるなら、思いきって皇位を捨てるくらいの決心をされても、国民はあなたを支持するに違いないと思いますよ。
2004年6月9日寄稿
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