クレオパトラ

クレオパトラの鼻が1cm高かったらば、とか低かったから世界歴史は変わった、というのは世界史を学んだ人なら誰でも知っている有名な言葉。同じように歴史にIFはない、これも真実。とにかく歴史と言うのは、あの人があの時あんなことしたから、しなかったなら、結論はつまり最終的には個人の問題になってしまう。あとになってなんであんな人があんな所にいたのかと反省してもこれは後戻りができない。いくら言論の自由が発達しているると思われる民主主義の国家でもこれだけはどうしようもない。まあ個人的に考えれば自分自身だってあのの時こうしておけばよかった、と思うことしきりだけれどその時にはそれがいいと思って行動しただけ、「反省だけなら猿でもできる」これはコマーシャルが作った傑作だね。

そこで話変わって将軍様の問題だけれど、人民はそれが最高だと思えばその国の人々にとって別に不幸でも何でもない、けれどそれがおかしいと感じたときから不幸は始まる。

列車の爆発、これもいろいろ取りざたされている。ひょっとして不穏分子のテロ?しかし不穏か不穏でないかは外から見て言うこと、空から神様が見ていない限り私たちには判断できない。しかし、最近将軍様はいよいよ追い詰められたような感じがする。

もしかすると結論は、命は助かるから中国へ亡命、なんてことになるかも。そうなるとまた北東アジアは難しいことになるね。

このページだから無責任に勝手なことを言わせてもらえば、将軍様は中国へ、しかし中国としてもこんなお荷物をいつまでも抱えていられない、だから朝鮮半島は民族の自決に任せるというのがいちばん自然になるかも。

とにかく歴史は最後は一人で作られるのかも。

近くは三菱ふそうの会長さん、福田官房長官の辞任、ずいぶん歴史から次元が低くなったけれど。そんなこと言ってる私自身だってすごい無責任だと思いながら。

2004年5月8日寄稿

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