法律作って魂入れず

これも前に書いたことがあるが、日本には国民の祝日が多すぎるというのが私の持論。日本人の有給休暇の取得率が非常に低いため、祝日を増やして、おかみがなかば強制的に休ませる手段としか考えられない。元教師の私は今でも現役教員と話をする機会が多いが、学校では祝日が多すぎることは悩みの種だ。

週休2日制が完全実施になってから、ただでさえ授業日が減っている上に、祝日が重なる、子供達は飛び石連休の年など、1日置きに学校へ来たり、遊びに行ったりで能率の上がらないことおびただしい。特に特定の曜日に休みが偏ると、その日にぶつかった教科の時間だけが極端に減ってしまうのも悩みだ。

それよりも何よりも、国民の祝日の意義がどのくらい国民に浸透しているのか、これが一番の問題。憲法記念日くらいは新聞やテレビなどマスコミさんが一応騒ぐから(このところ特に)多少は知られているかとも思えるが、今日の「こどもの日」だって、「鯉のぼりの日」にでもしておいた方がよさそうなほどの理解度だ。

法律ではどう示しているかというと「こどもの日」(『こども』とひらがなで書くのが正式なのです)とは「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。」これが「国民の祝日に関する法律」の記述だ。

さて皆さん、この意義の前半はなんとなく分かるでしょうが、最後のフレーズ「母に感謝する」日だということを知ってましたか。現在の日本では5月の第2日曜日がアメリカ産の「母の日」だということは知っていても、国産の「母の日」が今日だとは知らない人間のほうが多いのでは。ただしこの説明でよく分からないのは、たとえば家庭を持った男性がこれを読んだとき、ここで言う「母」とは、自分のこどもの母、つまり自分の妻に感謝せよと言っているのか、そうではなく自分を生んで育ててくれた母に感謝せよと言っているのか、はたまた世の母親すべてに感謝せよ、と説いているのか、この辺が日本語の難しいところ。ま、法律というものは読み手が都合良く解釈してくれるように作るのが一番安心だし、そうしておけばこそ法律で飯食ってる人も安泰なんだ。

ところでこの連休中に、ある会があって昼間からアルコールを飲んだ。最近我々のような年齢のものが集まる会は一般的に昼間が多い、夜は危ないからね。

その帰りの夕方の車内でのこと。そんなに混んでもいなかったが座れもしなかった私の前に赤ちゃんを抱いた若いお母さんが座っていた。この赤ちゃん、眠かったのかしきりに泣いている、お母さんは見ていても気の毒なほど周囲に気を遣っている。するとその隣に座っていた50代の男性、明らかに迷惑そうな顔だ。こういう雰囲気って、そのお母さんにも伝わることは理解できるでしょ。なんとか泣き止ませようと必死だが赤ちゃんは泣き止まない、隣の男は次第にお母さんの顔をにらみ付ける。これ見て私はお母さんが気の毒になったので、その男にささやきかけた。「私だってあなただって、きっとこの赤ちゃんみたいだった時があったはずですよ、ただ覚えてはいないんですがね」

この男の人は次の駅で降りてしまった、というわけで私はその席に座ることが出来た。

昔ならこういうときに必ず「おお、どうしたの、よしよし」なんて見知らぬおばさんが助け舟出してくれたのに。これだから若い女性も、子供持ちたがらなくなるんだな。

2004年5月5日寄稿

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