またまた田中問題か

私もこの記事を読んでいないので、内容がどうなのかは分からないけれど、とにかく問題になったおかげで週刊誌が売り切れたことは間違いない。また、裁判所がプライバシー侵害を認めたらしいので、ひょっとして文芸春秋側が損害賠償を払うことになるかもしれない。差引どちらが儲かったか。いずれにせよ、田中一家と長島一家はマスコミのおいしい餌。コラム主筆が言うように、金を払ってまでその手の記事を読もうという読者がいるからこその話だ。

しかし、よくよく考えてみれば、元はと言えばその発端もこれまたマスコミが作り上げたもの。長島も巨人軍あっての長島、もしこれが他の弱小チームにいたのならいくら本人の実力、人間味が同じであっても今の人気はあり得ない。田中角栄氏だって、小学校しか出ないで政界で実力を発揮した時点では政治評論家は注目しただろうけれど、大衆社会の人気者になったのはマスコミが「今太閤」などともてはやしたから。それですっかり英雄になった。ただし雑誌の記事一つで失脚してしまうのだから、本当に力があったのかどうかこれまた疑問。歴史の現時点の評価では新潟県民以外の日本にとって、すべてが有り難かった総理とも言えないようだ。

いつも申し上げることだが、日本くらい全国民が同じ程度の知能をもって、同じ程度の階級に属している(と思い込んでるだけかもしれないけれど)国は珍しい。とにかく、発行部数数百万部なんて新聞がある国なんて恐らく世界でただ一つでは。階級によって読む新聞が違う、支持政党によって読む新聞が違う、というのが先進国では普通なんだ。そういう国だからこそ、それこそ個人のつまらない家庭事情でさえ売れるとなれば全国紙で取り上げてくれる、だから一億すべて同じ内容の記事を読んで、同じように喜んだり怒ったり、笑ったり悲しんだりしてくれる。しかも、マスコミ社会も熾烈な競争社会、だいたいテレビもラジオも新聞も週刊誌も数が増え過ぎてしまったのに、そこで取り上げるコンテンツには限りがある。そうなりゃ自分で作り上げるしかないと、粗製濫造の芸人を次から次へと送りだす、当人テレビに出られたと大喜びだが、翌年にはもう使い捨てられてしまう。

そんな中で今回のような事件が起これば、まるでウナギの養殖場に餌のイワシを投げ込んだ状態、記者諸君も押し合いへし合いの大騒ぎが起きてしまう。

話変わって、目下の大問題の一つに年金がある。これは受給者の一人として長生きするのが心苦しい思いだ。しかし、我々世代は戦時国債を無理やり買わされて、敗戦と同時に紙屑になってしまった歴史をくぐり抜けてきた世代だ。その時は、国にだまされたなど文句を言うより先に、あしたどうやって食べて行こうかを考えて行かなければならない世の中だった。私個人も安月給の中、住宅金融公庫の抽選に当たってしまったものだから、それこそ無理に無理を重ねて借金返済していた。ところがその後すごいインフレとなると、それに伴って給料も上がる、その中で借金は昔のままだ、だから払い終える頃には毎月の返済なんて、子供にやる小遣いよりも少ないという状況になってしまった。

つまり、人間には将来予測は所詮できないということ、巡り合わせを変えることは不可能ということ、だけど、その中で国民全てが住みやすい国をどうやって作って行くかということには、毎日でも持てる知恵のすべてを動員しなければならないということ。

そのためにも、岸田コラムのようなマイクロコミュニケーションにも目を向けること、これが本日の教訓だ。

2004年3月20日寄稿

この記事の読者数: