またまた芥川賞について

芥川賞に若い女性二人が受賞したことでしばらくの間、新聞、テレビで騒ぎになった。早速3月号の文芸春秋を買って読んでみた。既に単行本にもなり、売れ行き好調だと言うが、文芸春秋ならば定価780円で2作とも入っているから、安上がり。しかもこちらには、毎年選考委員の評がのせてある。それを読むのもまた面白い。

今回は、石原慎太郎氏も評を書いている。一部を転載してみると、

「今回の候補作の作者はいずれも若い、ということでそれぞれの主題がそれぞれの青春であったことは当然のことだろうが、それにしてもこの現代における青春とは、なんと閉塞的なものなのだろうか。どの作品の登場者を眺めても、誰しもが周りに背を向け、孤独や無関心、あるいは無為の内に自分を置いてどうにか生きているという観を否めない(以下略)」

これが、あの「太陽の季節」を書いてその頃の年寄りを慨嘆させた慎太郎氏の言葉なんだから、世の中は順送りだ。昭和30年(1955年)の同じ文芸春秋には彼の「太陽の季節」が掲載され、その選者の一人、吉田健一氏(吉田茂総理の息子で文学者だ)はこう書いているのを思い出した。

「体の均整はとれていて、顔は救いがたい痴呆状態を現わした、この頃よく街で見かける一群の青年の言行を、胸が悪くなるまで克明に写した作品」とね。

「この頃の若いものは」という言葉はピラミッドの中にも書いてあると言われるが、今回の若者の二つの作品のどちらも、私にはやっぱり理解できなかった。しかしあの石原さんですら追い付かないんだから無理もないね。終わりに、芥川賞作家は受賞すればそれでよいのだそうで、受賞後書かなくなった受賞者もたくさんいる。石原氏もその手の一人になってしまったけれど。

2004年3月9日寄稿

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