老婆(爺?)心

拉致六ヶ国協議がどうやら今月末には再開されるとの報道だ。ある人は北朝鮮も現在藁をもつかむ状況になったからだとの希望的観測をしている。また、この際拉致家族問題の全面解決に向けて、日本政府も本腰を入れて強硬な態度で臨むべきと叫ぶ報道もある。

もちろん最良の結果になってくれれば、こんなうれしいことはない。とは言うものの相手は名だたる独裁国家、おいそれとこちらの都合のよい結果が打ち出されるかどうか、これはやはり心配だ。

こんな悲観論を言うと皆さんからお叱りをいただくこと十分承知の上でだが、なにしろ私は戦時中の日本を生きていた人間だ。当時、戦争になれば絶対に勝ち目がないとかなりの国民が承知していながら、戦争になってみれば物資の不足、食糧の不足がどんなに現実のものとなっても「欲しがりません、勝つまでは」の合言葉で、ついに壊滅するまでがんばってしまった歴史を知っているからだ。

あの頃の日本と、現在の北朝鮮とは酷似している部分があまりにも多い。たとえ食糧が不足しようが、電気が止まろうが、偉大なる将軍様は私たちのために最善を尽くしてくださっている、という国民大半の支持がある国は、あらゆる駆け引きが可能なのだ。そこへ行くと民主主義国家、しかも思想、信条の自由、更には報道の自由のある先進国の為政者は、交渉の都度、国民の反応をうかがいつつこれに当たるのだから、はじめっから不利を覚悟で臨まなければならない。

とり分け拉致家族の問題になると、わが国は25年間という長期間、なんの手も打たなかったどころでなく、まったく相手の言い分にだけ乗っていたとも思われる過去をもつ問題だ。幸いにここへ来て国民の世論が断固たる交渉を、となりつつあるのだから、この機会を逃す手はないのだが。

さて、もう一つ気掛かりなことがある。それは最良の結果として拉致された日本人の全員帰国がなしとげられたとして、その先の話だ。

いやしくも主権国家の国民をさらって自国の都合良く悪用するなんて、まさしくテロリズムの最たるものであると思うから、帰国させるのがもともと当然なことだし、また既に帰国した5人の方々が、今のところ日本の大部分から支持を受け、なんとか自分で生活を続けられる現状を得ていらっしゃることは万々歳だ。しかし、支援する日本人のまたかなりの心情の中に、まだ帰って来ない家族を待ちわびる皆さんの姿の報道を見て、ある種の同情めいた感情が折り込まれているのではと危惧するのだ。なぜならば、この5人の方々の帰国を長い間必死で祈っておられたご父母の姿は、25年間ほとんどマスコミで取り上げられなかったため、誰もが無関心で過ごしてしまっていた事実があるから。しかも現在帰国されている5人の方々は、いずれももともと日本の教育を受け、日本のことを知っていて帰って来た方ばかりだ。したがってそれぞれこの国への適応は当然早かった。

一方、この方々が待つご家族の中には、生まれながらに北朝鮮の社会、教育のもとに育った方もおられるはず。熱しやすく冷めやすい日本人のこと、全員帰国の暁に、はたして現在のようなよい意味でのニュースとしてお迎えできるのだろうか、これが私の一番の心配事だ。いずれマスコミは熱が冷める、それだけならまだしも、適応できずにあちこちで衝突が起きれば、それがまたニュースになるという状態が起きないという保証があるだろうか。日本に生まれ、日本で育った日本人同士ですら、いじめが起きるこの国なんだから。

マスコミの皆さん、こういう事態が起きた時でもなお、今と同じ姿勢をあなた方が持ち続けて行けるか、私にはそれが心配なのです。

2004年2月8日寄稿