コラムが親孝行話になったので、こちらは今度は硬派スタイルで投稿だ。
主筆の言う国際理解よりもっと使ってほしくない言葉、それは「人道的」。NPOだろうがNGOだろうが、何が必要なのかも分からないのに人道的支援のため自衛隊を出すと言う。やりたい人も反対の人もこの言葉には「このご紋章が目に入らぬか」で、なんだか分からないけれどいいんじゃない、と思考停止になってしまう。聖書には「友人のために死ぬこと、これより深い愛はない」と書かれている。それが西欧諸国の考える「人道的」の真意なんだ。そう考えれば、自衛隊が人道的支援をすると言うことはイコール友人のために死ぬ覚悟があると表明をしていることに他ならない、とキリスト教的思考を持つ国では真剣に考えてしまう。
宗教的な意味をもたない「人道的」をあんまり安っぽく使ってほしくない。それより何より、もし自衛隊が派遣され犠牲が出たら、マスコミ各社は、それでも人道的支援だったから仕方ないとほめたたえてくれるんだろうか。落選した社民党の皆さん、共産党の皆さん、護憲と言いつつ自衛隊を暗黙のうちに承認しているけれど、万一戦死者が出れば(あ、戦死ではない公務殉職者か)それみたことか、派遣した責任者はだれかと勝ち誇るんでしょう。もちろん発禁覚悟で派遣に反対する力のなかったマスコミの皆さんも。
護憲,護憲と騒ぐ党が自衛隊を認めてしまった。このことが本来的におかしい。憲法9条を虚心に読んでみれば、「戦力は持たない」とは警察以上の武器を持てないとしか解釈できない。軍艦からロケットまで持つ自衛隊が戦力でないとは、作文に作文を重ねて無理やりつじつまを合わせた解釈改憲に決まっている。ことほどさように日本人の法律感覚がおかしいと思う。自転車が横断歩道を乗車したまま渡ってはいけないことをどれだけの日本人が知っているのだろうか。お巡りさんの目の前でその行為をしても99%はつかまらない。しかし、道路交通法には禁止と書いてある。罰則まである。言ってみれば憲法9条を守らないのも横断歩道を自転車で渡るくらいの感覚なんだ。そのくせ一旦事が起ると、または起こりそうになっただけども、国をあげて大騒ぎする。ちょうど横断歩道のまん中で自転車がおばあさんにぶつかって殺してしまったときと同じようにさ。そんな事故が一度でも起きてごらん、翌日から新聞、テレビがまず「危険な横断歩道、自転車乗りには交通法規の講習を義務付けろ」なんて騒ぐのが目に見えている。悲しい国になってきたもんだ。
2003年11月22日寄稿
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
(自転車の横断の方法)第63条の6 自転車は、道路を横断しようとするときは、自転車横断帯がある場所の付近においては、その自転車横断帯によつて道路を横断しなければならない。
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