間一髪 危機3話 第三話 続編 (第三話をお読みでない方はこちら

武蔵野赤十字に到着すると、まず警察が先回りしていた。治療に当たる前に証拠としてぐじゃぐじゃになっている私の顔を撮影するためだ。こんなときには肖像権など通用しない。次に驚いたのは院長以下幹部の方が迎えてくれたこと。実はひと月前まで教育委員会で私は青少年赤十字運動の担当もしていた。そこでニュースを知って驚いた日本赤十字社の方が病院へ連絡、丁重に取り扱うように指示が出たらしい。つまりVIP扱いにされたのだ。(ここで寄り道。皆さん御存じとは思いますが、赤十字って国際機関ですよね。だから万国共通と思っている方々も少なくない。しかしイスラム圏では十字は禁物、だから赤新月…Red Crescent…と呼びます)

もう一つ驚いた。武蔵野日赤病院は武蔵野市と提携して病院内学級を持っている。これは長い病気で学校へ通えない子供を入院させて、先生が病院へ出張して授業する学級だ。なんと外科の部屋が空かないし、本社からの話もあり、とりあえずその病室へ入院とあいなった。看護婦さんは子供になるべく恐怖感を与えないようにとピンクやグリーンの制服を着ている、廊下には子供の書いた図画がはられている、オルガンも置いてあって音楽もやっている(私も朝の集会で弾かされた)小学校の校長になったらとたんに病院でも校長先生と呼ばれ、保護者の方など入院中の子供を連れて私の部屋まで来て「校長先生とお話なんか普段の学校ではできないのよ、さ、お話して頂きなさい」が連日という有様。

自分の学校からもPTAの役員が入れ替わりお見舞いにくる、なにしろまだ着任して一月しか経っていないのだから顔も名前も全く分からない人が次から次へ、名前のメモをするのが日課となってしまった。それと不思議とみんなメロンを持ってくる、あんなにメロンを食べたことも珍しい。

さて、悪運強く後頭部の打撲は大きなこぶとなって助かった。目もほっておいても大丈夫だとのこと、ただ鼻だけは軟骨が折れてしまっているので手術が必要だ。オペの前日看護婦さんが説明にくる。どこからどうやるかと言うと、これがすこぶる原始的、鼻の穴から金属の棒を突っ込んで曲がった骨を叩いてまっすぐに戻すのだそうだ。これも仕方ないと「それやれば前より形良くなりますか」と聞くと看護婦さん涼しい顔で「ま、それなりにはね」(ちょうどTVのコマーシャルではやってたせりふだ)

手術そのものは全身麻酔だったのでナニモ分からない、しかし麻酔が切れてからの二日くらいは猛烈な痛みが襲ってくる。やはり首から上の感覚は鋭敏だ。このようにして11日間入院して退院。

仕事に戻って2か月たったある日、検察庁から出頭命令がきた。犯人が捕まったという。さすが検察官は細かい、道に石があってつまずいたのではないか、多少酒が入っていて自分で転んだのではないかなどなど。これは裁判になって犯人が言い逃れをするとまずいからだろう、1時間ほどして「最後に犯人に対して言いたいこと」と来た。実は顔も何も見ていないので不思議と憎しみが起きない。仕方ないので「大きな社会不安の種をまいたことは許せません」と答えると、検察官、妙に納得した顔で「社会不安ね、うん、それいいですね」なんて調書にメモしている。

この犯人は浅草辺りの安宿にグループでたむろし、毎日二人組でひとりは殴り専門のボクサー崩れ、ひとりはすり、かっぱらいの常習で親分がいたらしい。結局、死者まで出たとのことで数人が死刑になったそうだ。危うく死者の仲間には入りそこねたという訳だ。

最後に、被害当日、すぐ報道したNHKのニュース編集担当が偶然、私が媒酌人を勤めた男だった。後日「先生の名前、変な字でテロップ作るのに苦労しましたよ」ですとさ。このあとしばらくは「5万円の校長先生」が呼び名となってしまいました。めでたし、めでたし。

この数週間、私事で貴重な紙面を費やしたこと慚愧に耐えません。ご寛恕のほど。

2003年11月1日寄稿