二度あることは三度あるの例え通り、三度目こそ本物の危機になった。忘れもしない昭和55年10月3日午後8時53分、この事件が我が身を襲ったのである。
この年9月1日、私は教育委員会から転出して小学校校長になった。生まれて初めての小学校の経験だ。しかも児童数1200名という大規模校、そのうち250名ほどが海外帰国子女という珍しい小学校だ。実は私の先任の校長が脳出血で倒れ、急きょ年度途中で私に校長が発令されたのだ。
9月の末には運動会、10月半ばには移動教室など、秋になると行事が多い。運動会もまず無事に終わりやれやれと思っているところに、ある中学校から依頼があった。それまで2年間東京都の研究指定となっていた中学校が、10月3日に発表会をする、ついてはその指導に当たっていた私に是非出席をとのこと。私は9月から小学校に変わったのでと一応お断りをしたが、どうしてもとのことで招かれることにした。
発表会も無事終わり、その学校の先生方と打ち上げを祝って一足先に帰路へついた。我が家まであと10歩ほどというところで、いきなり目の前が真っ暗になった。3〜4分しただろうか、意識を取り戻すと私は仰向けに道に倒れている自分に気が付いた。はっとして胸ポケットを探る、ない、財布と手帳がない。実はここ数日間、都内のあちこちにノックアウト強盗なる新手の強盗が出没していた。2人組で狙いを付けた人間の後をつけ、人気のないところで追い抜きざまに殴り倒し金品を強奪するという手口だ。数日前にも一人道に倒れていたのを酔っ払いだろうと見過ごされ、翌朝冷たくなって発見されたという事件があったばかり。
やられた!と叫んで家に辿り着く。ドアを開けた家内が真っ青になる。顔が血だらけだ。すぐに警察と救急車に連絡。刑事が5人ほど飛んでくる。ソファに寝ながらいろいろ聞かれるが、人相もナニモ分からない。とりあえず病院へ。当直の医師はいくつかの会話をして、この分では命に別状はなさそうだが、なにぶん外科医がいないので明日以降病室が空いたらお知らせしますと帰されてしまった。
一晩あけて翌朝のこと、後頭部がずきずき痛い、目はどす黒く腫れ上がっている、鼻は途中から曲がって当時騒がれた奇形魚同様の有り様、新聞には「小学校長襲わる」の記事、後で聞くと昨夜10時のTVニュースで既に私の名前も放送されたとのこと。被害5万円…これは家内が刑事にご主人はどのくらいお金を、と聞かれ多分5万円くらいはいつも…と答えたらしい。(この金額が後ほどあちこちの話題となった。世の男からはほれみろ、あのくらい持ってないとやられた時みっともないだろう、近所の奥さん連中はどうしてそんなに小遣い持たせてるのと家内に恨み節)そうこうしているうちにやっと病院からすぐくるようにとの連絡があり、武蔵境の赤十字病院へ入院。
このあと笑っちゃうような出来事が続くので、来週まで続けることをお許し下さい。
2003年10月25日寄稿
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