岸田コラム、たまには面白くないものもあるけれど、まず80%はすべての人が言いたくてうずうずしていることをズバリ論破している。しかも、私みたいにただ感情でしゃべっているのでなく、とにかく考証をきちんとしていることがすばらしい。今回また感心させられたのが「結果として」だ。私もあの物言いにはすごく不快感を持っていたのだが、あれだけ実証的に並べられるとこれは政治屋だけの問題ではなく、最近の日本人に刷り込まれてきた無責任、責任転嫁の顕著な一面を表していると危機感すら感じてしまう。
実はこの傾向を静かに考えてみると、本人とすれば最善と思っていたにもかかわらず、経過がねじれてきて予想が外れ、最後はマスコミにたたかれる、そこで原因は決して悪いものではなかったのにと言いわけしたくなる。結果が悪かったのは原因が悪かったからにほかならないとどうして考えないんだろう。それは、前例にならっていれば万事OKと思っていた日本のエスタブリッシュの体質、それを許すどころかそれに寄っかかっていればすべて安泰、と考えていたかなり多くの日本人があったからだと思う。
もともと「終りよければすべて良し」という諺があるように、日本人はむしろ結果を重視していたはずだった。けれどあまりに揚げ足取りのメディアに毒されてしまうと、とりあえず謝った方が面倒がない、と考えても無理はなかろう。かくして、世の中すべて私のせいじゃありません、となる。あの革新長野県知事にしてもだ。長野の場合は世の中革新なら何やってもいいとのおごりもあっただろうが、あとで勝てるなら謝るんじゃなかったとほぞをかんだかも。
さて、また頭に来た。ドンキホーテの薬販売に関する厚生労働省のいちゃもん。あんなの既得権だけ必死に守ろうとしている利権団体に乗っているバカ役人と政治屋がうごめいていることがみえみえ。役所の中で一番遅れているのが、遅れている順に文部科学省、農林水産省、そして厚生労働省だ。江戸時代からあった富山の置き薬がよくって、どうしてスーパーではだめなのか。だれか教えて。