青森明の星短期大学 助教授 藤巻啓森先生から
昨今、国際情勢、日本社会などの諸問題が、随分マスコミに取上げられている。当然ながら忘れられているのもあれば、まだ記憶に新しいものもある。その問題が発生した場合どうやって対応すべきか、対処の方法について、私はそれが民族性と密接な関係があると長年の観察で気がついた。いつも夕食時など、家内と議論するのだが、自分自身中国の出身なので、無意識に中国人と何でも比較して考えてしまう。
数年前にテレビ番組を見ていてそのことを知ったのだが、そこではワサビを食べた時と、唐辛子を食べたときの体内の血液循環のあり方が違うということを中心に紹介していた。番組によると、ワサビを食べた時の血液は、特に心臓の方へ偏るため、鎮静作用が働いて、精神に落ち着きをもたらしてくれる。一方、唐辛子を食べた時の血液は、ワサビの場合とは違って、頭部の方へ偏って、それが神経に刺激を与え、血液の循環をよくすると同時に、精神的に興奮しやすい作用を生み出している、というのである。
「なるほど」と思わずうなずいたものである。「物静かな日本人」に対して、「カッカとしやすい中国人」、「鎮静」を好む日本人に対して、「興奮」を好む中国人、「ワサビが好きな日本人」、「唐辛子が好きな中国人」……。確かにそんな対比のできそうな両国民性は、香辛料の好みにまで及んでいる。ということなのだろうか。
そこで、思い出したのは9年前に起った関西大震災のことである。5,000人余りの死亡者が出た大惨事だったにもかかわらず、日本人はものすごく冷静に対応したことを世界各国のマスコミにも賛美され、特に中国と韓国は、日本の民族性に学ぶべきだというそれぞれの国の有力紙に社説が掲載された。
先日、美浜原発の事故で、4人の犠牲者が出たことについて、関西電力社長は犠牲者のお通夜に参列したとき、犠牲者の親が「わしの子供を返してくれ、わしの気持ちが分かるか」と抗議する程度で済んだ。これは、中国であれば、恐らく社長に殴りかかるか、蹴飛ばすなど必ず血を見るはずである。
少し前に、戦乱中のイラクで取材を続けていたフリージャーナリストの橋田信介さんと甥の小川さんが何者かに襲撃されて死亡した事件があったが、奥さんはずっと冷静にマスコミに対応したことも忘れ難い。このように実例をあげるときりがない。
一方、中国人は、常に興奮状態であるようだ。1999年在ユーゴスラビアの中国大使館がアメリカ軍により爆発(通称誤爆)され、館内にいる中国人数人が犠牲になった。その犠牲者の遺族や中国全国民はアメリカに対する恨み、アメリカの領事館、大使館を囲み、数日に及ぶ抗議はなかなか収まらなかった(もちろん性質が違うが)。最終的に国が犠牲者に「国民英雄」という称号を与え、事件は一段落したのである。
最近の「アジア杯」サッカー試合も同じである。やじを飛ばしたり、ブーイングをしたりして国際社会では中国に対する相当のダメージがあったことを反省しなければならない。
これは単なるマナーの問題ではない。民族性である。冷静にものを考えない結果であると思う。
もう一つ、日本人はものごとに対して、簡単に信じてしまう。この1週間ずっとマスコミに取上げられている入浴剤を使っている温泉、水道水を使っている温泉などの偽物発覚。少し前に、松坂牛を装った販売会社も倒産、また、中国などからの輸入品を使って日本製品を装う会社も続出、これはほとんど信じやすい日本人の気持ちを利用しているのである。
一方、中国人は極端にひとを信じないようである。常に警戒心を持っていることが困る。昨今経済発展を遂げている中国では、日本をはじめ海外からの投資が増えている。だが、海外企業が多額の資金を投入しても、技術を提供しても、なかなかすぐ動いてくれない。これは、まだ信用されていないからである。資金と技術だけでは、足りない。さらに何か確かな信頼関係が必要なのである。歴史的に荒波を潜り抜けてきた中国人は、ある面では極めて醒めている。具体的なものだけが信じられるのである。
ここは孫引きだが、バートランド・ラッセル卿が1921年に刊行した『ザ・プロブレム・オブ・チャイナ』(村山浮『中国人のものさし日本人のものさし』)という本の中に日本人と中国人を比較して、こう書いてある。「日本人はそれが嘘だと立証されるまで人の話を信じ続ける。中国人はそれが本当だと立証されるまで人の話を信じない」。まさに名言である。80数年たっても変わっていないように思われる。これは民族性ではなかろうか。80年ところか、永遠に変わることがないと思われる。
2004年8月11日寄稿
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