青森明の星短期大学 藤巻 啓森
2000年2月22日執筆
日本の英語教育について、今大変問題になっている。先日、新聞に公表されたが、英語力を測る各国共通テスト(TOEFL)の日本の平均点数が、アジア諸国の中で最下位に近く、21ケ国中18位になるという結果であった。
そもそも日本の英語教育は明治の初期から始められたが、第二次世界大戦がきっかけで、英語教育は中止になり、戦後再開された。しかも、教育法では中高学校で英語を学ぶことが義務とされた。だが、中学校、高校、大学等で約8年間勉強しても日常会話程度もできないのが普通であろう。英語を母国語としている教員を採用する学校も増えてきていると思われるが、それでも会話力の上達は期待できないようだ。原因は一体どこにあるのか。昨今、英語に限らず全体に学力も低下しているが、教育制度に大きな問題があると思われる。教師たちは決められた内容を短い時間内に全部教えなければならないから、計画通り必死に教えるが、学生との会話練習時間がほとんど取れない、またその内容は受験の為のもので、文法に重点をおいているということも大きな理由である。
小渕総理の諮問機関(21世紀日本の構想)は英語を第二公用語化すると提言した。だが、日本はまだ英語を第二公用語とする状況になっていないと思う。確かに外来語は英語を主流としているが、外国人に通じない和製英語が氾濫しているだけである。英語の単語をローマ字読みにしているだけで、本来の正確なスペルも書けないし、勿論英語でコミュニケーションを取ることができない。
先日ある大学の教授に聞いた話では、その大学の英語学科の学生らは英検2級の試験を受けたが、合格者はたった二人だけだった。何人受けてこのような結果が出たのかということは聞かなかったが、その教授は大変ショックであったと沈痛な面持ちであった。
このような例はその大学だけではないだろうと思われる。
政府の英語を第二公用語として使うという考えは、それはとてもいいことと思われるが、ただし、時期としてはまだ早いであろう。今はそれよりも母国語である日本語の見直しである。周知のように日本語は相当乱れており、当用漢字を書けない人が段々増えてきている。そもそも若者の中には漢字のルーツが知らない人がいるということはとても悲しむべきことである。
私はある大学の『中国語と中国文化』の非常勤講師をしている。授業終了時に学生に感想を書かせているが、中には、「中国語の勉強はとても楽しかった。発音は難しかったが、内容が理解しやすい。何よりも中国語は漢字を使い、しかも日本の漢字ととても似ていることが助かった」、「生まれてから初めて中国語に触れた。中国語も漢字を使うということに、とてもびっくりした」などと書かれている。いつも必ずこのような感想文が目につく。それを読んで私こそ驚いた。中国はアルファベットを使っている国と思っている人がいるということである。このままだと、数年後または数十年後、日本という民族の言語文化や言語の成り立ちは全く知らず、特定の年代や仲間だけで通じる話言葉でしかコミュニケーションを取れないということになるだろう。
国語教育は教育研究者の責務だが、教育研究者だけでは無理である。行政が力を入れ、美しい日本語を守らなければならない。日本語が母国語ではない私にとって、日本語の独特な表現法、言い回し等は大変素晴らしいと思う。次世代もきれいな日本語をきちんと話せるように考えるべきだ。国際化した現代社会において共通語として英語が話せないといけないことは十分分るが、それは話せるような教育制度を少しずつ改良していけばよい。必ずしも公用語とする必要はないと思う。
現在、日本の中、高校、大学の英語教師は話す英語は苦手という人がほとんどである。彼らは文法中心の読む、書く英語を習得しただけなので、話せないのは当然である。これからは英語教育の柱を聴く、話す、読むの三本にし、授業のあり方を根本から変えていくことが必要ではないだろうか。
それと同時に日本語の教育も家庭、学校、企業などそれぞれがその責任においてしっかりと身につけさせなければならない。なぜなら、自国の言葉を正しく使えなければ当然英語も使いこなせないからだ。
2003年11月26日寄稿