|
岸田 徹 【岸コラ】 |
民主党がマニフェストに掲げた第1番の問題が「ムダづかい」。税金の無駄遣いと天下りを根絶するとの約束に公共事業の問題がある。時代に合わない国の大型直轄事業は全面的に見直すとし、「八ッ場(やんば)ダムは中止」とはっきり謳っている。
ダム建設を進めている国土交通省は、選挙結果の出た8月31日に八ッ場ダム建設の来年度事業費として194億円を概算要求し、11日から一般競争入札を行うとしたが、3日に行われた事務次官の記者会見で入札延期を表明した。
八ッ場ダムの建設工事は、ダムの底になる所で暮らす住民の移転先住宅の造成や学校などの公共施設、道路の整備が進み工事全体の7割がすでに完了している。これからはいよいよダム本体の工事に入るところだ。総事業費4,600億円のうち、すでに3,210億円を投入している。
ダムは利根川支流である群馬県の吾妻川に計画されているが、完成すれば総貯水量1億万トンを超える巨大なダムになり、世界最大の水道専用ダムと言われる小河内ダムのおよそ半分を新たに確保することになる。確保される水は地元の住民のためよりは、下流である茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京の6都県の住民や企業が利用することになるので、総工費のうちの半分以上をその6都県で負担している。
建設までの歴史は長いが、旧建設省が調査を開始したのが昭和27年(1952年)、50年以上かけて建設していると言われる。しかし、実際には調査から着工までは大変な紆余曲折があり、単に50年と割り切れないところがある。吾妻川は、奥にそびえる白根山の河口湖に硫黄成分による強力な酸性の水を貯めていて、それが吾妻川に流れるため、魚も住めない状態だった。近くにある草津温泉が恋の病以外はなんでも治すと評判なのはこの強力な酸性の殺菌力のお陰だ。建設省がいくら調査をしても、吾妻川は強力な酸性のため、ダムのような鉄とコンクリートの建造物は建つはずがなかった。
ところが、魚もいない「死の川」と呼ばれた吾妻川を中和させようという事業が世界で初めて行われ、それが見事に成功したことから状況は一変した。吾妻川に流入する酸性河川のひとつだった湯川に石灰ミルクを投入する中和工場が草津に建設された。その先の品木ダムに流れるまでの間に水を中和させる技術で、吾妻川は魚が棲む河川に変貌したのだった。これで、地元では農業用水の確保ができたばかりではなく、鉄やコンクリートの建物ができるようになり、ダム建設が現実味を帯びてきた。この中和事業が開始されたのが東京オリンピックのあった1964年(昭和39年)。以降、日本は高度成長期に突入するが、東京への集中が活発に行われ、周辺の県は東京のベッドタウンとして人口が増え、水不足が心配されることになった。
吾妻川は東京に流れる利根川の一大支川だ。中和されたことにより、八ッ場ダム建設が具体化していった。東京オリンピックから5年後(1969年)に説明会が初めて地元で行われた。しかし、地元には当時大人気だった名湯の川原湯温泉が活況を呈していた。ダムの底に沈む340世帯が首都圏住民のためになぜ犠牲にならなくてはならないのかと強力な反対運動が展開された。工事用道路の建設に着手できるようになったのは第1回の説明会から実に25年がたった。
当初強力に反対した地元住民も高齢化が進み、隣近所の人たちもばらばらになった。今はもう計画通りに早く工事を進めてもらいたいとの気持ちが強いという。成田空港闘争と並ぶ長い歴史の反対闘争の結果、仕方なく妥結したダム建設工事。住民の多くはダム完成を前提に今までの人生を取り戻したい思いで次の人生プランを立てているところだ。そこに、民主党の圧勝、マニフェストに書かれた一行で再び人生が翻弄されようとしている。
無駄な公共工事を許すわけにはいけないが、今まで国が推し進めてきた事業に協力した人たちが民主主義の数の力で人生が翻弄されるのも容認はできない。地元住民の民意も尊重しなくてはいけない。民主党の風が吹く今回の衆議院選で、民主党は早くから八ッ場ダム建設中止を訴えていた。その訴えに対し地元住民の民意はどのように反応したのか。これが実に曖昧になってしまった。
八ッ場ダム建設予定地の地元選挙区は群馬5区だ。ここは小渕優子さんが当選した。小渕さんは八ッ場ダム建設には賛成の立場だ。これに対し建設反対の民主党は候補者を出さなかった。八ッ場ダムの件は当然小沢さんの頭にあっただろうが、論争を逃げたと言うより、選挙対策を優先し小渕さんの強力な後援会組織には最初から挑まなかったというのが本当のところだろう。当初小渕さんの無投票当選が新聞に取りざたされたほど対立候補が出なかった。最後に責任を取る形で、社民党から群馬県連代表の土屋氏が立候補し、形の上では闘うことになった。土屋氏は長い間八ッ場ダム建設反対闘争をしてきた方だ(72歳)。
同じ群馬県と言っても都市部と山間部では投票結果が違った。県庁所在地の前橋がある1区、伊勢崎市のある2区、太田市の一部と館林市のある3区は民主党が自民党の大物現職議員を破り当選している。また高崎市のある4区は自民党の福田さんが勝ったものの民主党新人候補と接戦だった。投票結果を見れば、都市部の利根川水流の恩恵に授かるところは民主党が支持され、ダムの底となる5区では自民党が支持されたことになる。ただ、どこの選挙区でも八ッ場ダムを争点として闘った地区はない。5区でさえ、小渕さんは他の選挙区の応援要請が多く地元での論戦がなかったし、反対の立場の土屋氏も社会保障政策に焦点を当てた。社民党のマニフェストには八ッ場ダム中止は謳っていない。地元の男性は「地元の票は参考にされず、結果だけを受け入れるのか……」(読売新聞)と民主党が地元での論戦を避けたことに疑問を投げかけた。
八ッ場ダムが完成して最も利益を得るのは、下流の6都県だ。埼玉県の上田知事は、民主党のマニフェストを見てさっそく鳩山代表に書簡を送った(8月5日)。「八ツ場ダムは水道水の確保と利根川の洪水調節の両面で必要不可欠なダム。中止のマニフェスト記載は、関係自治体の意見をまったく聞くことなく行われ残念」(産経新聞)という内容だ。ただ、上田知事は知事になったその年(2003年)に八ッ場ダムと同じ利根川水系に1987年から着手していた戸倉ダムの建設費をもうこれ以上出せないとギブアップした経緯がある。国の直轄事業で建設中止になった初めてのケースとして話題になったが、その時の上田知事の言い分は、水需要の見通しが建設計画時より大幅に低下しているというものだった。この点では、今回八ッ場ダムを建設してほしいという理由には矛盾があるのだが、上田知事にしてみれば、当時の別の事情が頭にあったのだろう。
と言うのは、戸倉ダムを断念した背景には、建設中の八ッ場ダムの総事業費見通しが倍増した点が潜んでいる。それまでの八ッ場ダムの総事業費は2,110億円だった。それが4,600億円になったのだから、上田知事の計算ではダムは二ついらないとなったのだろう。
上田知事の書簡に対し、民主党は影の内閣ネクスト国交相長浜博行氏と公共事業検討小委員会事務局次長の大河原雅子さんの両名から返信がされた。それによれば、利根川の洪水調節の点では、八ッ場ダムは治水効果がゼロであることを国交省が明らかにしている点、水道水の確保については、現実に取水は現在でも十分足りている点を指摘し、さらに今後の事業費再増額の懸念と自然環境への影響、地滑り発生の危険性を述べて、中止後は地元の生活再建と地域振興を速やかに進めると結んでいる。
八ッ場ダム闘争も成田闘争も国を相手にした闘いは、歴史上は国が歩み寄り妥結の道を探ったように記録されるが、実際にはそんなはずはない。先の見えない闘争ほど辛い闘争はなく、地元住民は資金のねん出にも苦労するだろうが、最大の苦労は中核となる同志が疑心暗鬼でこぼれ落ちていくことだ。一方の国は、具合が悪くなると担当者がどんどん変わり、力の維持に努められる。希望を失う同志たちは活動を取るか自分の人生を取り戻すかの選択に負けてしまい数を失っていく。そこで国が新提案を行うだけで、歩み寄るというわけではない。住民側からすれば妥結ではなく、仕組まれた結果だ。
いわば国家権力の犠牲者を目の前に言い辛いことだが、民主党がマニフェストで謳い政権政党となったからには、八ッ場ダムの中止は公約通りに進めるのが筋だ。同情すべき事情があると、個別意識が強くなり、例外を作ろうとするが、民主党は八ッ場ダムの反対運動に賛成の立場で言ったわけではなく、無駄遣いをなくそうと主張し多くの賛成票を獲得した。
水事情は首都圏の節水設備と節水意識、それに人口増加の過大見通しのために現在のところ十分足りている。まさに、新たなダム建設はたとえ7割方工事が終わっていても無駄遣いでるあることは間違いない。政官財の癒着で工事のための工事を行い税金が国民のために使われないようなことは絶対にやめるべきだ。ただし、誰も止められなかった国の施策には選挙民として我々にも責任の一端がある。犠牲となった地元には無駄遣いをしなくて済んだ分の金額を上限に手厚いケアを行うべきだ。お金ですまされる問題ではない部分も多いはずで、我々も関心をもつことで地元の方の気持ちを少しでも理解していきたい。
この記事の読者数:
参考資料:
「民主党銘柄」期待相場終結 政策実行力、見守る市場 2009年09月07日 産経新聞 東京朝刊 1面
八ツ場ダム入札延期 民主反対 7割完了、中止も 2009年09月04日 産経新聞 東京朝刊 1面
八ツ場ダム入札延期 鳩山代表「当然」 2009年09月04日 産経新聞 東京朝刊 1面
【産経抄】 2009年09月03日 産経新聞 東京朝刊 1面
八ツ場ダム入札凍結へ 国交省 民主意向、建設中止も 2009年09月02日 産経新聞 東京朝刊 社会面
八ツ場ダム中止に埼玉知事反発 2009年08月06日 産経新聞 東京朝刊 社会面
2009.09.02 八ッ場入札を一時停止 地元困惑「説明を」 民主当選者ら「ダムは無駄」=群馬 読売新聞 東京朝刊 群馬西
2009.09.01 民主公約 八ッ場中止?地元落胆 知事「最善の努力する」=群馬 読売新聞 東京朝刊 群馬
2009.08.16 選挙夏の陣 衆院選あさって公示 18人出馬予定 自民王国の行方は…=群馬 読売新聞 東京朝刊 群馬西
2009.08.15 衆院選5区 八ッ場ダム中止、地元住民は賛否示せず「民主なぜ空白区」=群馬 読売新聞 東京朝刊 群馬西
2009.08.02 衆院選 自民、民主批判一色 出陣式で「八ッ場公約」やり玉=群馬 読売新聞 東京朝刊 群馬西
2009.07.08 衆院選、自民も県版公約 作成方針 「八ッ場」早期完成が柱=群馬 読売新聞 東京朝刊 群馬西
2009.04.23 ダム中止補償、戸倉に施設 「ぷらり館」や野球場完成=群馬 読売新聞 東京朝刊 群馬西
2009.01.19 「完成に全力注ぐ」 小渕氏が八ッ場ダム視察=群馬 読売新聞 東京朝刊 群馬西
2008.10.08 次期衆院選 社民、5区に県連代表 自民・小渕氏と一騎打ちへ=群馬 読売新聞 東京朝刊 群馬西
2008.10.01 衆院選5区 小渕氏、無投票の可能性も 模索する社民、擁立のめど立たず=群馬 読売新聞 東京朝刊 群馬西
2008.03.01 八ッ場ダムに見直しの声 県会一部会派に 巨費投入議論かみ合わず=群馬 読売新聞 東京朝刊 群馬西
2006.11.11 戸倉ダム事業廃止 法手続き全部終了=群馬 読売新聞 東京朝刊 群馬西
2006.05.25 戸倉ダム対策の住民組織が解散=群馬 読売新聞 東京朝刊 群馬西
2003.12.09 戸倉ダム建設、東京都も撤退 読売新聞 東京夕刊 夕2社
2003.12.06 戸倉ダム撤退 長期計画の難しさ露呈 県費65億円が無駄に=埼玉 読売新聞 東京朝刊 埼玉南
2003.12.06 建設中の戸倉ダム中止へ 埼玉の水需要減で 国直轄では初 読売新聞 東京朝刊 一面
2003.12.06 建設中の戸倉ダム中止へ 県、後処理を検討 渋川市利水など調整=群馬 読売新聞 東京朝刊 群馬西
2001.01.20 「長野原めがね橋」開通 式典に関係者160人=群馬 読売新聞 東京朝刊 群馬A
2000.09.02 川古、平川両ダム 公共事業中止勧告リストに=群馬 読売新聞 東京朝刊 群馬A
1999.03.09 戸倉ダム環境アセス、きょう開始 住民に調査方法など公開=群馬 読売新聞 東京朝刊 群馬2
1999.01.22 戸倉ダム予定地のクマタカ生息状況、3月にも公開 工事再開へ環境アセス=群馬 読売新聞 東京朝刊 群馬A
1996.02.23 群馬の八ッ場ダム建設 東京都の事業費分担率は32.4% 読売新聞 東京朝刊 都民
1996.02.21 群馬・八ッ場ダム建設問題 付帯整備事業費分担割合を合意 読売新聞 東京朝刊 都民2
1995.12.05 ダム・河口堰調査費850億円無駄遣い 小川原湖など全国6か所/会計検査院 読売新聞 東京朝刊
1994.10.12 「成田」円卓会議 対決終結がっちり握手 熱田派、「戦争終わった」 読売新聞 東京朝刊 社会
1992.09.27 「成田の将来」模索の動き 熱田派が地域振興にも視点(解説) 読売新聞 東京朝刊 解説
1992.07.15 群馬・八ッ場ダム計画 40年ぶり実現へ 国、住民が協定調印 読売新聞 東京朝刊 2社
1992.07.14 動き出す群馬・八ッ場ダム建設 計画から40年、きょう補償協定調印(解説) 読売新聞 東京朝刊 解説
1992.02.20 群馬・八ッ場ダム26年ぶり前進 川原湯地区民が建設を前提に要望書 読売新聞 東京朝刊 2社
1990.09.08 期待の「奈良俣」新ダム、91年春完成 貯水量26%アップへ/利根川最上流 読売新聞 東京夕刊 夕三面
1990.08.04 水資源開発で建設省などへ要望/公明党都議団 読売新聞 東京朝刊 都民2
1987.06.19 首都圏「水ガメ」ピンチ 水備蓄ダムの現実を(解説) 読売新聞 東京朝刊 解説
参考サイト:
「日本の水需要予測システムの分析と評価」高知工科大学社会システム工学科 西岡喬・那須清吾
東京都の水需要予測、人口減少時代に日量600万トンの怪(森下のり子西東京市議会議員)
![]() |
![]() |
Copyright © Toru Kishida 2009 All Rights Reserved.