「アッキー・ダライ・ラマ会談」を演出したインド政府が見たもの 今回の【岸コラ】が最新です。

「メタボ検診」は世界の手本か世紀の無駄遣いか

岸田 徹 【岸コラ】
2008年4月22日(火)

メタボ阪急ビル大阪の梅田駅近くに「メタボ阪急」というビルがある。阪急不動産が保有しているビルだが、お腹が出ているわけではない。黒川紀章が設計した東京銀座の「中銀カプセルタワービル」のように小さなユニットを積み重ねたビルだ。このユニットを増殖させてビルを広げたり、いらなくなったユニットを別なユニットに変更して建物やその都市を発展させたり再生させたりしようとする考え方を建築業界ではメタボリズムという。メタボ(メタボリズム)は新陳代謝の意味で、建物を時代に合わせて代謝させようというのだ。

この4月から「メタボ検診」が義務化された。メタボリック・シンドロームの早期発見がその目的で、40歳から74歳までの人は年1回必ず検診を受けなければならない。メタボリック・シンドロームは内脂肪型の肥満に高脂血症、高血圧、高血糖などの生活習慣病が重なった状態で、内臓脂肪症候群と訳されている。内臓脂肪が原因で体の代謝のバランスが崩れることからメタボリックと呼ばれている。

なぜ74歳で切られるかというと、75歳からは悪名高き後期高齢者となって、別の保険制度に入ることになるからだ。この時までにメタボ状態から脱却して、後期高齢者になってからの健康維持と医療費削減を目指して、メタボ検診が行われる。

どうして、そんなに早急に国民検診を義務化するかというと、現在28兆円かかっている医療費が2025年には高齢化とともに56兆円に跳ね上がると厚労省は踏んでいて、その医療費を少しでも抑制したいと思っているからのようだ。日本人の死因の3割が心臓病と脳卒中で、この原因とされるのが高血圧、高血糖など。高血圧や高血糖がそんなにひどくなくても、これらが重なるとぐっと死亡率が高くなるようで、肥満・高脂血症・高血圧・高血糖がそろうと「死の四重奏」と呼ばれてしまう。特に内臓脂肪による肥満は重大な症状を引き起こすと見られている。

そこで肥満大敵となった訳だが、男はへその周りのウエストが85センチ、女は90センチを超えた場合は要注意となり、検診でもメタボかどうかの一つの大きな基準となる。これを超えて、さらに(1)血中の中性脂肪値が多いか善玉コレステロールが少ないか、(2)血圧が高いか、(3)血糖値が高いかの三つの中から2つが該当するとメタボと診断される。

メタボあるいはその予備軍と診断されると、保健師や管理栄養士などから保健指導を受けなければならなくなる。こうやってメタボを少なくして、国は医療費を2025年までに2兆円削減することを狙っている。

ところが、この施策には疑問とも疑念とも思える声があがっている。最大の疑問はウエストの寸法だ。男が85センチで女が90センチという数字の根拠が分からない。アメリカでの診断基準は男が102センチ超、女が88センチ超でいずれも日本より緩やかであると同時にアメリカでは女の方が男より基準値が厳しい。他の国の例を見ても男の方が基準が厳しいのは日本だけ。さらに、男のウエスト85センチは日本人男性のほぼ平均値で多くの人が引っかかることになるのではないかという心配がある。

この疑問に輪をかけて疑念にしてしまったのが治療薬メーカーからの多額の寄付金だ。メタボの診断基準を作成した委員会のメンバーのうち国公立大学の医師11人全員に高血圧などの治療薬メーカーから合計約14億円の寄付があったと読売新聞が調査結果を記事にした(2008年3月)。結局、多くの人をメタボにしその治療に薬を使用するのではないかという疑念がわいてくる。これでは、医療費の抑制どころか新たな出費となるのではないか。

しかし、日本のメタボ基準は日本独自のもので、単にお腹が出ている人がメタボだと言っているわけではない。脂肪には内臓脂肪と皮下脂肪があり、お相撲さんのような皮下脂肪でお腹が出ている人たちはメタボが少ない。運動量により内臓脂肪が燃焼されると考えられている。悪いのは皮下脂肪ではなく内臓脂肪。その違いはつまんでみればだいたい分かる。お腹がつまめれば皮下脂肪で気にする必要はない。脂肪をつまめずお腹が出ているのは内臓の周りに脂肪がはびこっている可能性があり、これが要注意。

メタボ基準を作成した委員会のメンバーはここを強調する。この基準には、内臓脂肪が多い患者のウエストと血圧や血糖値などの関連数値の組み合わせから最も危ないケースを選んだもので、ウエストサイズの危険数値を変更するつもりはないとしている。これらのデータが蓄積できたのは、日本にはCTスキャンが多いためで、内臓脂肪層をはっきりとらえられたためだという。日本のCTスキャンの保有台数はアメリカの3倍近くあると言われている。

しかし、同時にそのサンプル数の少なさも指摘されていて、本当に男が85センチ、女が90センチでいいのかの疑念は払拭されていない。これが1センチでも違えばメタボ判定は恐らく100万人規模で違ってくるのではないか。もし、診断結果に薬が使われるとなれば、製薬会社の胸算用は狂ってくる。

医学は個人の病気や傷害にかかわるばかりではない。社会全体にかかわることも重要な側面だ。患者の隔離や病死の死体処理、下水設備の整備は公衆衛生の観点から貢献したばかりではなく、医学の面にも多大な貢献をし多くの人命を守った。その意味では公衆衛生は予防医学だ。また、多くの伝染病が予防接種などの免疫療法により感染が妨げられ、これも多くの人命を守った。それから、成人病や生活習慣病など個人の健康管理が予防医学の中心に据えられるようになり、喫煙や飲酒、食事や睡眠に注目が集まっている。

喫煙をやめ、バランスのいい飲食に規則正しい運動を行い、睡眠を十分に取り体と歯の検診を行う。これらは個人の生き方の問題だったのだが、財政問題から社会問題にすり替わってしまった。国家財政のために体内の理想的な数値を求めて国家の管理のもとに生きていくとは、いったいどういうことなのか。メタボ検診は世界で初めての予防医学の領域だが、自慢する気にはなれない。生きるという意味がまったく問われていないからだ。精神面の領域を無視した医学が、これから先長続きするわけがない。メタボ検診は結局無駄遣いに終わるのではないか。

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参考資料:

Microsoftエンカルタ総合大百科2008:「メタボリック・シンドローム」「予防医学」

保健師を育てよ メタボ健診義務化で需要増 能力向上も課題に [ 2008年04月16日 産経新聞 東京朝刊 生活・文化面 ]

【はてなは、はてなし】論説委員・坂口至徳 メタボ予防支える日本流 [ 2008年04月12日 産経新聞 東京朝刊 1面 ]

医療費適正化で計画 病床削減や入院日数短縮 県が策定=岐阜 [2008年4月4日 読売新聞 中部朝刊 岐阜]

国公立大の診療指針作成医、9割に寄付金 製薬企業から/読売新聞社調べ [2008年3月30日 読売新聞 東京朝刊 一面]

[スキャナー]指針作成医に寄付金 診療基準、信頼性は… 「過剰投与招く」 [2008年3月30日 読売新聞 東京朝刊 三面]

メタボ腹基準、「男性85センチ」緩めません 肥満学会が見解 [2007年10月20日 読売新聞 東京朝刊 二面]

「メタボ腹」診断に異論 「男85センチは平均的」 学会、見直しの是非検討 [2007年10月14日 読売新聞 東京朝刊 一面]

[最前線]保健指導(上)メタボ脱却つきっきり 生活習慣改善を重視へ(連載) [2007年10月9日 読売新聞 東京夕刊 安心A]

[あの瞬間]財団法人住友病院院長・松沢佑次さん65 [2007年8月27日 読売新聞 東京夕刊 テクA]

新健診 腹囲測定 導入論議“胴々”めぐり 企業側猛反発「肥満は自己責任」 [ 2006年12月30日 産経新聞 東京朝刊 社会面 ]

[医療ルネサンス]診断基準値(2)「ウエスト85センチ」厳しすぎ?(連載) [2006年12月13日 読売新聞 東京朝刊 生活B]

内臓脂肪症候群 診断基準は妥当? 定まらない医学的評価 [2006年5月22日 読売新聞 東京朝刊 三面]

動脈硬化 ウエストが警鐘 女性90センチ、男性85センチ以上 [2005年4月18日 読売新聞 東京夕刊 医療]

動脈硬化に要注意、おなか出た人 女性90センチ、男性85センチ以上 [2005年4月9日 読売新聞 大阪朝刊 3社]

動脈硬化“赤信号” メタボリック・シンドローム 4要因、早期対処の新指標 [2004年11月14日 読売新聞 東京朝刊 生活セ]

[顔]大阪大病院長に1日就任する 松沢佑次さん [2000年3月31日 読売新聞 大阪朝刊 解説]

脂肪肝を指摘される人が急増中 糖分取り過ぎも大きな原因 自覚なくても要注意 [1995年9月4日 読売新聞 東京夕刊 健康]

[ウェルネス]肥満度より脂肪のつき方が問題 [1991年7月31日 読売新聞 東京夕刊 ニラA]

標準体重に新しい計算式 身長(メートル)の2乗×22 阪大が考案 [1989年2月7日 読売新聞 東京夕刊 ニラA]

参考サイト:

内臓脂肪が病気のベース――住友病院院長 松沢佑次氏

筋力アップでメタボ撃退!安静時代謝上昇で太らない体作り

メタボリズム

メタボリズム建築探訪 〜 メタボ阪急 梅田で発見☆メタボリズム建築

阪急不動産株式会社:ビル事業

松澤佑次さんが最高賞 国際肥満学会

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