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岸田 徹 【岸コラ】 |
ロンドンでパリでロサンゼルスで、北京オリンピックの聖火に対する妨害が続いた。チベット暴動問題に対する中国政府の対応を非難してのことだ。イギリスやドイツの首脳はオリンピックの開会式には出席しないと表明、フランスのサルコジ大統領は出席の条件として中国政府とダライ・ラマ14世の対話再開をあげた。
そんな中、渦中のダライ・ラマ14世が亡命先のインドからアメリカに向かう途中、乗り継ぎのため成田空港に立ち寄ることになった(4月10日)。チベットでの暴動後初めての外国訪問で世界の目が成田に注がれることになった。日本政府の対応が注目された。
5月に予定されている中国の胡錦濤国家主席の訪日に気を使い、中国通で知られる福田首相は何もしないのではないかとの観測がもっぱらだったが、日本は人権に対し無関心で政府としての意見を持たない国と思われることを危惧し、ダライ・ラマ14世には何らかのアクションを起こした方がいいとの意見も根強かった。
その日、立ち寄ったダライ・ラマ14世を迎えたのは安倍前首相の昭恵夫人(アッキー)だった。昭恵夫人は安倍前首相の名代のように見られ、あたかも間接的に政府がダライ・ラマ14世の訪日に配慮を示したように見られた。日本政府は中国政府にもチベット民族にも世界の人権保護に対する声にも通じる苦肉のカードを切ったように思われた。
しかし、実際には全く違う。
アッキー・ダライ・ラマ会談をお膳立てしたのは日本政府ではなく、ダライ・ラマ14世の亡命先であるインド政府だと一部で報道されている。当初から日本政府は中国政府に配慮して「政府として接触する予定はない」(児玉和夫外務報道官)と表明していたので、恐らく間違いのない事実だ。インド政府がダライ・ラマ14世と昭恵夫人に直接働きかけて会談をセットしたものだろう。
なぜインド政府が苦しい日本政府の胸の内を察して、アッキー・ダライ・ラマ会談をセットしたのか――この答えには自民党内で起こっている次の総理をめぐる動きが見える。
安倍首相が退陣するきっかけとなった「体調不良」は、昨年8月に行われた首相のインドネシア、インド、マレーシアの三カ国歴訪で「ひどい食あたり」にあったことが始まりだったと公式には説明されている。安倍さんはもともと胃腸が弱く、カレーなど香辛料が多いものは避けていたというが、この歴訪後体重は落ちる一方で、毎夜首相公邸で医者の診断を受け、時には点滴を打っていたという。
あまり知られなかったが、昨年は日本とインドが文化協定を締結してから50年の節目で、これを記念したイベントが両国で行われた。このことは両国政府間でも公式に合意され、2005年4月には小泉首相とインドのシン首相とが2007年を「日印交流年」とすることで合意した。その2007年に首相が安倍さんだったということなのだが、途中で安倍さんは辞職することになり、各地で予定されたイベントには出席できなくなった。夫のおあとを支えたのは昭恵夫人だった。特に辞職直後の療養中は、同情ばかりではない目が注がれる中、昭恵夫人はひとりで実直に役目をこなした。どこか庶民的でありながら気品が漂う言動に流暢な英語は昭恵夫人の人気を高めた。インド政府関係者からの信任は個人的にも高かったと見える。
一方、安倍首相のインドに対する思い入れはこれとは別なところで顔をもたげた。三カ国歴訪時に安倍さんはインドの首都ニューデリーから政府専用機を飛ばし千キロほど離れたコルカタの国際空港に降りたった。日印文化センターの開館式に出席するためだったが、安倍さんの目的は別のところにあった。ホテル「ハイアットリージェンシー」である人に会うのだった。極東国際軍事裁判でインドの代表判事をしたパール判事の長男だった。
パール判事は、敗戦国日本を裁く東京裁判の判事で、戦勝国が敗戦国を裁くこと自体に疑問を呈し、アメリカの原爆投下を批判し、逮捕されたA級戦犯に対して唯一全員無罪の主張をしたことで有名だ。その判事の長男に会った安倍さんは、「お父さまは今でも多くの日本人の尊敬を集めている。日印関係の基礎を築かれた一人だ。パール判事のご遺志は日印関係を発展させることだったと思う。今日、日印関係は大変強化されている」(産経新聞)と語りかけた。
安倍首相はA級戦犯について、「国内法的に、戦争犯罪人ではない」(同)と国会答弁で明言しているが、そのA級戦犯で逮捕された人の中には安倍さんの母方の祖父である岸信介元首相もいる。岸さんは不起訴で釈放されたが、A級戦犯で逮捕された事実は歴史に残るもので、安倍さんはパール判事の無罪主張を一般的な日本人が感じるものとは違う特別な感情で感じ取ったに違いない。
戦後レジーム(体制)からの脱却と安倍さんは教育基本法や憲法の改正に熱心だったが、その戦後レジームという意味の中には、日本が戦争を起こした「帝国覇権主義」に対する批判も入っていたはずで、この日本批判は必ずしも正しくないというのが安倍さんの主張だ。それを後押ししてくれるのがパール判事の判断で、政府専用機を他国内で飛ばしてまでも長男に会いに行きたい思いは普通ではない。
安倍さんのおじいちゃんを愛するセンチメンタリズムはともかく、首相としてインドを大事にした理由は他にあった。それは、安倍さんが提唱していた「価値観外交」だ。安倍さんは日米同盟を大事にしたが、民主主義の価値観を共有できるインドやオーストラリアを仲間に入れることで、世界をまとめていこうという主張を展開していた。インドとの連携を深めることでインド洋での安全保障を優位に展開し、アメリカとの同盟で得ている太平洋とドッキングさせれば、太平洋とインド洋が一つになり、アジア全体の大きな繁栄がそこから生まれるというものだ。このタイミングで安倍政権は約400億円の円借款を上下水道整備計画のためにインド政府に供与し、これとは別に4千億円規模の高速貨物鉄道建設費用を国際協力銀行を通じ用意すると発表している。
安倍さんの「価値観外交」には、すかさず中国が反発し、「中国を孤立させるメッセージだ」と中国メディアがいっせいに批判した。
しかし、その後すぐに安倍さんは辞職し中国通の福田さんが首相になり、「価値観外交」はお蔵入りとなった。ところが、今年の2月にラフル・ガンジー下院議員らインド国会議員団が来日すると安倍さんが早速面談し「日印は最も可能性を秘めた2国間関係だ」(読売新聞)と中国の貿易量を超える可能性を示唆し、インドの国会議員は「日印の価値観は共通している」(同)と応じた。両者とも早急に日印経済連携協定(EPA)を結ぶべきだと意気投合したのだった。「価値観外交」が誰も知らないところで蔵から顔を出している。
安倍さんの主張する「価値観外交」は拉致問題で強硬姿勢を貫いた外務省の谷内(やち)正太郎前外務次官が作成したものだと言われている。谷内さんは小泉内閣以降ずっと官邸で活躍した外務官僚だ。小泉・安倍両内閣時代の麻生外務大臣からも信任が厚く、定年を迎えたのだが留任するよう異例の依頼を麻生さんから受けた。麻生さんは「自由と繁栄の弧」構想という北欧から中央アジア、インド、東南アジアの弓のような地域で民主主義を定着させ経済発展させるよう日本が積極的に援助していくという構想を提唱している。これは、安倍さんの「価値観外交」に近い発想だが、麻生さんの「自由と繁栄の弧」構想にも谷内さんが深く関わっていたとされている。谷内さんは、福田さんが首相になった時点でもうこれ以上事務次官はできないとその席を固辞した。福田さんとは意見が違いすぎるというのが真意だとされている。
さて、以上のことから話は戻って、なぜインド政府が昭恵夫人とダライ・ラマ14世との会談をセットしたかだ。次の二点が思い浮かぶ。ひとつは、中国が世界の中心になって繁栄をリードしていこうとする路線にインド政府が抵抗しているという点だ。これを「親友」の安倍さんを介して全世界に主張した。もう一つは、安倍さんの「価値観外交」と麻生さんの「自由と繁栄の弧」構想がどこかで復活しているという点だ。恐らく、今安倍さんを表に出してもそれを受け入れる素地が永田町にあると感じたからインド政府はこの微妙な状況に打って出たはず。つまり、福田さんの終えんで次は麻生さんだと踏んだのではないか。
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参考資料:
Microsoftエンカルタ総合大百科2008:「コルカタ」「岸信介」
[スキャナー]聖火の迷走 奇策「行方不明」40分、にらみ合い一触即発… [2008年4月11日読売新聞 東京朝刊 三面]
ダライ・ラマが到着/成田空港 [2008年4月10日読売新聞 東京夕刊 夕二面]
安倍前首相の昭恵夫人 ダライ・ラマ面会へ [ 2008年04月10日産経新聞 東京朝刊 総合・内政面 ]
安倍前首相夫人とダライ・ラマ面会 [ 2008年04月10日産経新聞 大阪夕刊 1面 ]
[永田町フィールドノート]「自由と繁栄の弧」の盛衰 [2008年3月19日読売新聞 東京朝刊 政治
[まつりごと豆知識]日印共同声明 [2008年2月8日読売新聞 東京朝刊 政治]
[永田町フィールドノート]価値観外交いずこへ [2008年2月8日読売新聞 東京朝刊 政治]
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「日印関係、基礎築く」 首相、パール判事長男と面会 [ 2007年08月24日産経新聞 東京朝刊 総合・内政面 ]
[安倍首相の一日]8月23日 [2007年8月24日読売新聞 東京朝刊 政治]
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首相アジア3カ国歴訪 インドネシア到着 [ 2007年08月20日産経新聞 東京朝刊 総合・内政面 ]
対インド円借款 著しい経済発展、関係強化重要に(解説) [2007年8月16日読売新聞 東京朝刊 一面]
インドに4000億円借款 首脳会談、首相表明へ [ 2007年08月14日産経新聞 東京朝刊 1面 ]
[まつりごと豆知識]日印交流年 [2007年8月2日読売新聞 東京朝刊 政治]
谷内外務次官の定年1年延長 [2007年3月31日読売新聞 東京朝刊 政治]
参考サイト:
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