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岸田 徹 【岸コラ】 |
「ぜひ全国の人ね、あの弁護団に対してもし許せないと思うんだったら、一斉に弁護士会に対して懲戒請求をかけてもらいたい。懲戒請求ってのは誰でも彼でも簡単に弁護士会に行って請求を立てれますんで、何万、何十万という形で、あの21人の弁護士の懲戒請求を立ててもらいたい。1万、2万とか10万人くらい、この番組を見ている人が一斉に弁護士会に行って懲戒請求をかけてくださったら、弁護士会の方としても処分を出さないわけにはいかない」(産経新聞)――橋下徹弁護士が山口県光市の母子殺害事件の弁護士についてテレビで発言した内容だ。
テレビ番組は大阪のよみうりテレビが制作する「たかじんのそこまで言って委員会」。放送は5月27日だった。
この呼びかけに応じるように、弁護団への懲戒請求が約3,900件来たようで、懲戒請求された側の弁護士が、橋下弁護士の呼びかけで業務を妨害されたとして、橋下弁護士を相手取り、一人当たり300万円の損害賠償を求めこのほど広島地裁に提訴した。
弁護士は、国家権力から市民を守る立場にもあるので、あらゆる権力から独立し、身分を保障されている。弁護士は全国に約2万2千人。弁護士になるためには国の司法試験をパスしなければならないが、弁護士になれば誰も弁護士を辞めさせることはできない。唯一できるのが、弁護士同士で作る弁護士会で、弁護士は弁護士会に所属することで仕事ができる仕組みになっているので、弁護士会の処分が唯一弁護士としての活動を左右することができる機関だ。弁護士会は地方裁判所の管轄区域ごとに設立されている。
橋下弁護士がテレビで訴えた懲戒請求は、光市の母子殺害事件の弁護士を辞めさせるように弁護士が所属する弁護士会に視聴者が要請するように求めたものだ。
光市の母子殺害事件は、1999年4月に当時18歳の少年が排水検査員を装って光市のアパートに侵入し当時23歳の主婦を殺害、強姦、隣で泣く生後11ヶ月の長女を殺害したとされる事件だ。裁判は1審、2審ともに被告が前科のない少年だったとこを重視して無期懲役となった。ところが死刑を求める検察側は最高裁に上告し、最高裁は2審の広島高裁の判決を破棄し、審理を差し戻した。
最高裁の審理の時に、ひとつの出来事が起きた。第1回口頭弁論に弁護士が出廷しなかったのだ。弁護士の理由は、「裁判員制度の説明会リハーサル」があったためとされたが、これに被害者遺族の夫である本村洋さんが裁判を遅らせる卑劣な手段と猛反発した。
実は、この時本村さんは、代わったばかりの弁護士である安田好弘弁護士と足立修一弁護士に懲戒請求を出している(2006年3月15日)。それから10ヶ月後、安田弁護士の所属する第2東京弁護士会は本村さんに請求理由の説明を求め、本村さんは「弁論欠席で遺族を苦しめただけでなく、国民の司法に対する信頼を失墜させた」などと述べた。 それから4ヶ月たった今年の3月30日、足立弁護士が所属する広島弁護士会は、足立弁護士を「懲戒しない」とする決定をした。その理由は、「弁論欠席は被告のために最善の弁護活動を尽くす目的だったと認められ、不当な裁判遅延行為とは言えない」というものだった。安田弁護士に対する決定がどうなったのかの報道はない。
一方、事件の差し戻し審は5月24日に行われ、橋下弁護士がテレビで懲戒請求を呼び掛けたのが5月27日なので、橋下弁護士が呼び掛けた理由は、弁護団の法廷欠席ではなく、差し戻し審での弁護側の主張に対するものであることは明らかだ。アパートへの侵入は強姦目的ではなく優しくしてもらいたいという甘えた気持ちだったとか、長女を殺害し押入に入れた理由はドラえもんが何とかしてくれると思ったなどという被告の主張が弁護団の誘導によって行われているのではないかという疑いからだ。
もしそうなら、橋下弁護士の呼び掛けは行き過ぎがある。どんな凶悪犯でも弁護士は法廷のルールに則って最大限の努力で弁護活動をすべきだからだ。弁護士が法廷で被告の弁護を忘れたら裁判が成立しない。25年ほど前に、大阪で元ホステスが殺され少年ら5人が殺人罪で起訴されたことがあった。少年らは無罪を主張したが、そのうちの一人の弁護士(国選弁護人)が無実の訴えを無視し、ただ寛大な刑を求めた裁判があった。裁判は全員の無罪判決が確定し、無実の訴えを無視した弁護士は、被告人だった人から懲戒請求を出され、大阪弁護士会はその弁護士を戒告処分にした。
こんな裁判が行われたらたまったものではない。しかし、弁護活動の中にはこのようなケースになりがちな事例は意外に多い。凶悪犯を弁護することで世間の冷たい視線を受けながら、さらに勝ち目のない裁判で弁護士費用も期待できないという状況だ。
光市の母子殺害事件の主任弁護人である安田弁護士は死刑廃止運動のリーダーとして有名だが、同時に上記のような誰も引き受けたがらない弁護人を引き受ける弁護士としても知られている。オウム真理教の麻原彰晃被告や和歌山カレー事件の林真須美被告、ヒューザーの小嶋進被告などがその例だ。
安田弁護士は、オウム真理教の麻原被告を弁護中に、自分が顧問弁護士を務める旧住専の借り手だった不動産会社に資産隠しを指南したという理由で、強制執行妨害容疑で警視庁に逮捕されたことがある(1998年12月)。これには弁護士会が不当逮捕だと騒然と立ち上がり、裁判の一審には全国から約1,200人の弁護士が安田弁護士を弁護したと言われている。この時の弁護団長が土屋公献(こうけん)弁護士で、先日起きた朝鮮総連の登記詐欺事件の総連側の代理人だった方だ。土屋弁護士は人権派として知られる法曹界の重鎮だ。
もう一人橋下弁護士に損害賠償を求めた弁護士の足立弁護士は、去年アメリカの原爆投下に有罪判決を求めた国際民衆法廷の検事役だった。足立弁護士は在外被爆者の弁護にも熱心で、やはり人権派と言える。
一方の橋下弁護士は、弁護士としては過激な発言が多く、その点がタレントとして世間に受けている面がある。弁護士は被告を何としても弁護するという重要な使命を負っているが、同時に法曹人として市民の良識も求められている。橋本弁護士が言いたいのはそういう市民感覚を弁護士は持たなくてはいけないとのことだろう。
橋下弁護士は、タレント活動の部分を「爆笑問題」所属の芸能プロダクションに管理を委託しているようだが、タレント弁護士の言葉は多くの視聴者に共感を与える。光市の母子殺害事件は、被害者が若く悲惨な状況である点とその夫と父である本村さんが弁護士以上に理路整然と事件や裁判について時には怒りを抑えながら語るので、圧倒的に同情する人が多い。
その同情に応える裁判がなかなか行われないので、さらに同情的になっている視聴者にタレント弁護士が火をそそるのは弁護士活動なのかタレント活動なのかがはっきりしない。
気になることは、橋下弁護士がテレビで懲戒請求を視聴者に訴えたのが5月の末。これに対して橋下弁護士に損害賠償の請求をしたのが9月のはじめ。3か月もの間があいていることだ。恐らく損害賠償を請求した母子殺害事件の弁護側は、単純に橋下弁護士を訴えたのではないと思う。母子殺害事件の裁判になんらかの有利が働くと見込んだのだろう。
タレント弁護士の言葉には、世間を騒がせる力がある。さらに今回の凶悪事件は担当弁護士を非難することで、世論を味方につけることができる。
ところが、弁護士の世界では人権派が多数と中心を占めている。人権派はイコール護憲派だ。橋本弁護士のように軍が自国を守れないような国では意味がないと主張するような改憲派はマイナーだ。弁護士同士の争いは、護憲派と改憲派の争いのように見える。またもや事件は法曹界のエゴに左右され、本村さんにとってはもちろんのこと、我々だっていつ同じ状況に置かれるか分からない、悲惨な状況だ。
参考資料:
Microsoftエンカルタ総合大百科2007:「弁護士」
母子殺害めぐる懲戒請求発言 橋下弁護士 違法性ないと確信、争う [2007年09月06日産経新聞東京朝刊 社会面]
山口・光市母子殺害の業務妨害訴訟 橋下弁護士「争っていく」 [2007年9月5日読売新聞大阪夕刊]
山口・光の母子殺害事件の被告弁護士ら、橋下弁護士を提訴 [2007年9月3日 東京朝刊読売新聞大阪夕刊]
母子殺害事件の被告弁護士ら、橋下弁護士を提訴へ [2007年8月28日読売新聞大阪朝刊]
山口・母子殺害弁論欠席 弁護士を懲戒せず 広島弁護士会「遅延行為と言えぬ」 [2007年4月17日読売新聞東京夕刊]
山口の母子殺害 弁護士懲戒請求、遺族が理由説明 [2007年1月20日読売新聞東京朝刊]
【いきいき】芸能プロダクション社長・太田光代さん 社長として…夫にも叱咤激励 [2007年01月08日産経新聞東京朝刊 生活・文化面]
国際民衆法廷 原爆投下、米に“有罪判決” 「戦争犯罪と人道の罪」/広島 [2006年7月17日読売新聞大阪朝刊]
総連本部登記問題 窮地の大物法律家2人 緒方元公安長官と土屋弁護士 [2007年6月16日読売新聞東京朝刊]
在外被爆者訴訟最高裁判決 原告側敗訴に県内からも反発する声=広島 [2006年6月14日読売新聞大阪朝刊]
来月開催の原爆模擬法廷 判事に米教授ら3人 「核批判に大きな力」=広島 [2006年6月8日読売新聞大阪朝刊]
橋下弁護士、申告漏れ 税法…詳しくなかった? ≪訂正あり≫ [2006年05月23日産経新聞東京朝刊 社会面]
山口の光母子殺害 弁論続行要望、退ける 最高裁結審「追加主張1か月以内に」 [2006年4月19日読売新聞東京朝刊]
山口・光市母子殺害公判 弁護士に出廷命令 「当然だ」遺族評価 [2006年3月18日読売新聞東京朝刊]
山口の母子殺害 弁論欠席の弁護士「弁護士会が処分を」 夫が請求 [2006年3月16日読売新聞東京朝刊]
[誤算の法廷]2・27教祖判決(上)安田弁護士まさかの逮捕(連載) [2004年2月23日読売新聞東京朝刊]
弁護士に異例の業務停止2年/東京弁護士会 [1999年1月8日読売新聞東京朝刊]
オウム麻原被告接見の声録音、信者に聞かせる 弁護士の懲戒を請求へ/東京地検 [1995年6月9日読売新聞東京朝刊]
「オウム」顧問弁護士に懲戒請求 難しい「社会正義」の判断(解説) [1995年4月14日読売新聞東京朝刊]
貝塚女性殺人事件で有罪弁論の黒田弁護士に戒告処分/大阪弁護士会 [1990年7月10日読売新聞東京夕刊]
[ベタ記事を追って]重大とされた弁護士会の監督責任 横行する「非行弁護士」 [1988年7月6日読売新聞東京夕刊]
参考サイト:
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