テロ特措法と韓国人アフガン拉致(上) サブプライム・ローンとバブル崩壊

テロ特措法と韓国人アフガン拉致(下)

岸田 徹 【岸コラ】
2007年8月17日(金)

このコラムは、前作「テロ特措法と韓国人アフガン拉致(上)」の続きです。Microsoft エンカルタ総合大百科2007

拉致された韓国人は23人。韓国のセンムル教会関係者20人とアフガニスタン北部で合流した韓国のNGOのメンバー3人だった。男性5人、女性18人。センムル教会はプロテスタントの大韓イエス教長老会の教会で、日本にも韓国人の信徒が中心に集まる教会として数多く設立されている。

拉致された教会関係者は、医療や教育支援のためにアフガニスタンに渡ったとされているが、日本での印象は、ただただ善意の外国人が縁もゆかりもない土地で誘拐された気の毒な事件と映った。

日本では縁が薄いアフガニスタンだが、韓国では決して薄い関係ではない。政府レベルでは、1979年にソ連がアフガニスタンに侵攻した際、アメリカが最も重視した同盟軍は韓国軍だった。それまでの韓国軍は北朝鮮軍に対処するための軍隊だったが、ソ連のアフガン侵攻以降は、自由主義陣営の重要な一員となった。

日本がアフガンに目が行ったのは9.11以降だったが、韓国はソ連のアフガン侵攻時からの歴史があり、その流れの中で韓国軍のアフガニスタン駐留がある。現在、派遣されている韓国軍は医療部隊が約60人、工兵部隊が約150人だ。

民間レベルではNGOの活動が盛んだが、韓国のプロテスタント系の団体が多くを主宰しているようだ。昨年の8月には首都カブールでひと騒動あった。ソウルに本部を置く「アジア協力機構」というプロテスタント系のNGOがカブールの競技場で集会を企画した。韓国から子供600人を含む約1,500人が現地入りした。この団体役員は「祭典は韓国人のアフガン支援を啓発するため」と目的を表明したが、多くのイスラム聖職者たちはこの活動を布教活動だとし、聖職者数百人が「韓国人キリスト教徒を追い出せ」と叫びながらデモ行進をする事態に発展した。(読売新聞)

韓国政府とアフガニスタン政府は事態を重く見て、この団体に強く中止を求めたところ実施予定の2日前に中止となった。イスラム教では異教徒の布教が禁止されていると一般には解釈されているが、厳密に言えばそうではない。他宗教に限らず、イスラム教の経典では、宗教への強要は許されていない。宗教は強制されるものではなく自然に目覚めるものだからだ。

このイスラムの教えからすると、韓国のNGOが行おうとした集まりは、まさに布教活動と見えたのだろう。拉致された23人のうち現地で合流した3人はこのNGO団体に所属していた。そのため、拉致された当初は23人が布教活動を行ったと見られたために拉致されたのではないかと疑われた場面も韓国内ではあった。

日本では参議院選挙の熱い戦いが注目され、23人の韓国人拉致の詳しい情報は伝わらなかった。朝鮮日報の日表を元に断片的な少ない情報をつなぎ合わせると、日韓関係の冷たさが見えてくる。

7月19日午後、事件発生。

7月20日、タリバンが「21日午後4時40分までに韓国軍を撤退させなければ人質を殺害」すと発表。

7月21日、アメリカ軍を主体とする多国籍軍はアフガニスタン南部にあるタリバンの一大拠点に集中攻撃を開始(少なくとも26日まで続き、180人以上のタリバン兵を殺害した)。この日タリバンは収監されているタリバン兵23人と韓国人人質の同数交換を要求してきた。

7月22日、韓国政府交渉団がカブールに入った。

7月25日、ペ・ヒョンギュ牧師殺害される。

7月26日、アメリカCBSテレビが人質女性の肉声を公開。

7月27日、韓国大統領特使が活動を開始。日本政府が公式に初めて非難(外務省報道官談話)。

7月30日、タリバン側が「交渉は完全に失敗」と宣言。

7月31日、シム・ソンミンさん殺害される。アルジャジーラ人質映像を公開。

8月2日、タリバンと韓国政府の直接協議。

8月10日、韓国・タリバン直接交渉。

8月13日、タリバンが女性人質2人を赤新月社に引き渡し。

事件は、まだ解決していないし解決のめども立っていない。外国人を誘拐してアフガニスタン政府に捕らわれている仲間の解放を狙うというのは、タリバンの最高幹部の一人であるマンスール・ダドゥラ野戦司令官の作戦だ。彼自身が今年の3月にタリバンが誘拐したイタリア人記者と引き換えに釈放された一人だからだ。しかし、このアフガニスタン政府の釈放はアメリカ政府から大きな非難を浴び、アフガニスタン政府は2度とこの手で事態を解決することはしないと半ば約束させられている。

韓国政府は、アメリカとの関係を重視して韓国軍を派遣したが、国内世論に配慮してその目的は医療と破壊された国土の修復事業に限っている。それでも3月には自爆テロの犠牲で韓国軍兵士1人が犠牲になる事件が起きた。これで、韓国の世論は撤退論が収まらず、もともとの派兵期限である今年末は延期できない情勢だ。

タリバン側が韓国人を拉致して最初に出した要求が韓国軍の撤退だというのは、上記のことを考えると間が抜けている。さらに、韓国人を拉致するのとほぼ同時にドイツ人やアフガニスタン人を二十数人誘拐しているところを考えても、ち密な計画のもとに拉致が図られているとは思えない。どちらかというと散発的で、指揮命令系統も一本化されていいない可能性が強い。

日本人と韓国人は一緒に暮らせば随所に違いはあるだろうが、世界の中で考えると思想信条が最も似ている「同胞」だ。特に顕著なのはこのような誘拐事件が起こると、その理由や背景はともかく、誘拐された人を無事に解放するのが第一という世論を作るのは日本人と韓国人の専売特許のようなものだ。そして、誘拐された人は一様に多くの人に迷惑をかけたと詫びる。こういう文化は世界の中ではなかなか理解されない。裏を返せば、この事件を最も理解し同情できるのは日本人だということだ。

しかし、日本政府とマスコミの反応は冷たい。政府が公式に事件について声明を発表したのは事件が起きて1週間以上たってからだ。外務大臣の声明ではなく役人の声明だ。参議院選挙で大勝した民主党は事件が起きた3週間後に白眞勲国際局副局長が幹事長の書簡を持って駐日韓国大使にお見舞いに行っている(8月10日)。自民党は公式な声明はなく、記者会見で中川幹事長がテロ特措法に対しての取り組み方を聞かれた際に、この事件を例にあげ、テロとの戦いは国際的な取り組みが重要だと述べているのみだ(8月7日)。

マスコミも選挙報道に追われ、この事件の根本を探るような報道がない。政府やマスコミが冷たいと言うのはとりもなおさず、選挙民や購読者、視聴者が韓国民に対して冷たいということだ。

歴史的な理由もあるだろうが、戦後日韓両国は隣国同士の同胞へと関係修復に努力している。こういう困ったときに日本政府が何もできない、あるいは何もやらない現実は日韓関係の将来を悲観させられる。

アフガニスタン政府は、アメリカの力で生まれた政府だから、韓国人被害者を優先的に解放する手だてを考えることなどとてもできない。アメリカ政府もテロとの戦いを旗印にアフガニスタンに派兵をしている訳だから、他国政府が主張するまやかしの人道主義に手を差し伸べれば、自国にテロの魔の手が及んでくると考える。

どう考えても、このままでは韓国人被害者は見捨てられる運命だ。ここで、ものが言える人がいるとすれば、それは唯一日本政府だ。アフガニスタンにタリバン勢力が再び及ばないようにインド洋で活動している多国籍軍を支えているのは日本の海上自衛隊だ。日本政府が油も水もきっちり無償で補給しているから、多国籍軍が活動できる訳で、日本がテロ特措法の期限切れでこの活動を継続できなくなることを多国籍軍のどこの国も憂いている。

こういう力関係がまさに国際関係で、この力関係を利用して平和を維持するのが新憲法下での日本の外交努力のはず。同胞が苦しむ前で外交努力をしないのはどうしてなのか。日本人が日韓関係を心の底から修復しようとしないからか、それとも日本の軍事行動については国民には秘密でよく理解できないからそんな声が上がらないのか。恐らく両方だろう。日本政府は、日本の支援で行っているインド洋上の監視活動について、評価されることだけに酔いしれ、自らの外交カードには使おうとしない。いったい日本の軍事支援は何のために行われているのか。止めても結果は同じなのでは。

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このコラムに対する読者からの投稿:アフガン拉致事件について

参考資料:

Microsoftエンカルタ総合大百科2007:「カブール」

タリバン拠点に集中攻撃 多国籍軍、5日で180人殺害/アフガニスタン [2007年7月27日読売新聞東京朝刊]

[スキャナー]外国人誘拐 タリバン「新戦術」の脅威 [2007年7月27日読売新聞東京朝刊]

アフガン人質、韓国人殺害か 交渉難航で情報錯そう 一時は8人解放説も [2007年7月26日読売新聞東京朝刊]

アフガン拉致 タリバン、韓国人1人殺害か 男性の射殺体発見 [2007年7月26日読売新聞東京朝刊]

武装勢力の誘拐 タリバン兵釈放も要求 「ドイツ人など殺した」/アフガン [2007年7月22日読売新聞東京朝刊]

武装勢力の誘拐 「撤退しなければ韓国人殺害する」 韓国政府窮地に/アフガン [2007年7月22日読売新聞東京朝刊]

アフガンで韓国人約20人誘拐 [2007年7月21日読売新聞東京朝刊]

(派兵国はいま イラク開戦から4年:3)米との距離、韓国漂流 [2007年3月16日朝日新聞東京朝刊]

アフガン自爆テロ 韓国で撤退論噴出 兵士死亡で [2007年3月1日読売新聞東京朝刊]

韓国のキリスト教系団体、アフガンでの祭典中止 イスラム聖職者らの反発で [2006年8月5日読売新聞東京朝刊]

[アメリカの同盟’87](6)韓国の重さ 「民主化を」切なる願い(連載) [1987年8月11日読売新聞東京朝刊]

参考サイト:

アフガン拉致:「韓国軍撤収しなければ人質殺害する」

アフガン拉致:イスラム圏、信仰は自由でも宣教はタブー

アフガン拉致:ボールは韓国政府の手に(下)

アフガン拉致:被害者らが属するセンムル教会とは

アフガニスタンにおける韓国人人質事件について

<アフガン拉致>譲歩せずで一致 ブッシュ・カルザイ会談

米国・アフガン首脳「解放交渉に譲歩はない」

大韓イエス教長老会

タリバン、女性2人の解放時間を発表

タリバン 教会関係者23人拘束 プロテスタント系団体活動自粛呼びかけ

アフガンの拉致  NGOの安全守らねば

教皇ベネディクト十六世のレーゲンスブルク大学での講演

中川幹事長定例記者会見(役員連絡会後)

アフガニスタンの韓国人人質事件で、お見舞いと意見交換行う

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