年金問題、本当に大事なとこはどこ? 行政と司法が一体となって守ったブルドックの命

ブルドックが噛みついたスティールの一言と尊王攘夷の弁護士

岸田 徹 【岸コラ】
2007年7月20日(金)

黒船のペリー来航から5年、アメリカ総領事のハリスは幕府に通商条約締結を迫った。幕府は天皇の許可を得るために上京したが、天皇の侍従だった岩倉具視が88人の公家を集めてこれを阻止した。そのため幕府は天皇の許可を得ずに独断で通商条約を結んだ。さらに、幕府は英・仏・露・蘭とも同様の条約を天皇の許可を得ずに結んだため、桜田門外の変が起こり、尊王攘夷運動に発展した。

ペリーはアメリカに帰国後「日本遠征記」を書いたが、その中で日本の経済大国化を予測し、アメリカとの通商競争を予言した。その後、岩倉具視は明治政府使節団の特命全権大使として、桂小五郎、大久保利通、伊藤博文ら新政府の要人と官僚約50人、それとのちに津田塾大学を創立する津田梅子ら約60人の留学生を率いてアメリカ、ヨーロッパ列強を訪問し日本の近代国家樹立に貢献した。

ペリーの予言から150年、日本とアメリカの関係はペリーの予言通りになった。

「では先生、特別決議にしましょう」――ブルドックソースの池田章子社長が決断した(産経新聞)。東証2部上場のブルドックソースはアメリカ系投資ファンドのスティール・パートナーズに買収を仕掛けられ、その防衛策を社長が顧問弁護士と相談していた。池田社長から先生と呼ばれた弁護士は岩倉正和氏で、150年前開国に急ぐ幕府に対し天皇の地位を守ろうとした岩倉具視の6代目子孫だ。

岩倉氏は、アーク森ビルに事務所を構える日本最大手の法律事務所、西村あさひ法律事務所の剛腕弁護士。ニューヨーク州の弁護士資格も持つ。東京都が大手金融機関に対し外形標準課税を課したときに、銀行側が反発した訴訟では実務を担当し、強気の石原知事をして「向こうは優秀な弁護士をたくさんそろえた」と言わしめるほど、一歩も引かない法律論争を繰り広げた(読売新聞)。

ブルドックの池田章子社長は、山形県出身で実践女子短大卒業後「半年ぐらいしか、勤められないんですが」とブルドックの入社面接で打ち明け、面接官が笑い出したというほどの実直な性格。配属された総務課ではお茶くみに掃除。辞めるきっかけを失っていくうちに、総務課で社内報を創刊することになり、上司に編集参加を希望したが相手にされず、そういう場面でいつも引っ込み思案になる自分に終止符を打つためにもう一度希望を上司に訴えた。半年後編集会議に参加できるようになり、10年以上熱心に打ち込んだ。福利厚生制度のシステム化で認められ厚生課長になった。社内では初の女性管理職。その後経営企画室長を経て、取締役、常務と階段を上り2000年に社長に就任した立身出世の人だ。(読売新聞山形支局のホームページ)

業界最大手のブルドックソースだが、従業員数は250名ほどの地味な会社だ。ソース一筋100年といった感じで、ブルドックのソースがお客やその家族の健康と幸せを作り出すような役目をしたいと真剣に考えている会社だ。そんな会社が2年前経営が苦しくなったイカリソースを買収するという場面に直面すっるが、これも岩倉弁護士が助言し、池田社長が決断をした。

スティールがなぜブルドックを狙ったのかは定かではないが、地道な事業展開で買収攻勢に対する懸念については無防備だったことが考えられている。スティールは5月18日、ブルドックを買収するため、TOBを仕掛けた。ブルドックの株主に株を売ってくれるように公に頼んだわけだ。当然、市場価格より高く買うから売ってくれという提案だ。ブルドックの株価はそれまで1,300円台だったが、スティールはそれを1,584円で買うと宣言した(のちに1,700円に変更)。

ブルドックの発行済み株数は1,900万株ほどなので、一株1,700円で買っても320億円ほどで全株を取得できる。つまり、320億円用意すれば、財政面ではブルドックソースという会社を買える可能性があるわけで、スティールはこれを行おうとした。スティールが投資家から集めた運用金の額は8,400億円、そのうちの4,900億円ほどを日本で運用していると言われている。ブルドックの完全買収はその気になれば行える実力は余るほどある。

狙われたのはブルドックだけではない。明星食品から始まり、現在はアデランスやサッポロなど30社ほどがスティールに株を保有されている。しかし、全株買収を狙われているのはブルドックと建材用機械ノコギリ製造の天龍製鋸だけだ。

ブルドックは絶体絶命の淵に立たされたが、だからと言って、全株取得されたとしてもソースが作れなくなるわけではない。実際、スティールのウォレン・リヒテンシュタイン代表は記者会見でブルドックの経営には参加する暇はないと言っている(6月12日)。どういうつもりで言ったかは分らないが、言葉通りに解釈しても支障はなかったはずだ。ブルドックソースの資産内容には興味があっても業務内容に興味があるとは到底思えない。8,000億円以上の金を動かすファンド会社に年商118億円、利益7億円弱の会社が立ち向かうのは簡単なことではない。ひょっとしたら、これがもとで会社の財務内容が傾く恐れすらある。

それなのに、ブルドックの池田社長は、スティールと全面対決する決断をする。その理由は、次の一言だった。スティールのリヒテンシュタイン代表は東京で記者会見を開いた翌日、ブルドックの池田社長と会談した。その冒頭「私は、ソースが嫌いだ」と述べたのだった。これで1時間にわたるトップ会談は険悪な雰囲気のまま終わった。(産経新聞)

この一言は池田社長をはじめ役員全員を奮い立たせた。岩倉弁護士に池田社長が依頼したのは絶対に負けない防衛策だった。岩倉氏が提案した内容はこうだ。ブルドックは、全株主に1株当たり3つの新株予約権を発行する。その結果、株主は今まで10株持っていれば、その3倍がプラスになるので40株持つことになる。同じ価値の株が4倍になるので、株価は4分の1になるだろうが、株数だけは間違いなく増える。スティールはすでに約11%のブルドック株を取得していた。すべての株主の株数が4倍になるのだが、スティールにこの権利を与えなければ、スティールの持ち株比率は4分の1の約3%に下がってしまう。こうすれば、スティールはブルドックの株の多数を取得することができない。これが防衛策の基本だ。

ところが、この手法は、ホリエモンのライブドアがニッポン放送を買収しようとしたときニッポン放送が使ってきた手法で、ホリエモンは会社の役員が保身のために行う行為で株主の利益を無視したものだと無効を訴えた。裁判所はホリエモンの主張を認め、ニッポン放送はライブドアの買収に太刀打ちできない結果となった。

そこで、岩倉弁護士が考えたのは、会社の役員の保身のためではなく会社の価値を下げないために行う行為で、新株予約権の防衛策は株主のためになるという論拠を実践しようとした。ニッポン放送のときは会社の取締役会で議決したのに対し、ブルドックは株主のためであることを明らかにするため株主総会で議決することにした。さらに、スティールの株主としての利益が損なわれるとの批判を避けるため、スティールには新株の代わりに現金を渡すことを提案した。スティールはブルドックの株を1,584円で買いたいと株主に提案したので、その4分の1の価格である396円にスティールが保有する株式数に3を掛けた新株予約権分の金額を算出した。その金額が約23億円で、スティールには新株を発行しない代わりにその対価を現金で支払うと提案した。

この提案は一見合理的に見えるが、ある矛盾とリスクを抱えていた。ブルドック役員にしてみれば「ソースは嫌いだ」と言われれば、100年守った暖簾を汚されたと憤慨するだろうが、株主にしてみれば必ずしもブルドックの暖簾を買ったわけではない。市場より高値で買うというスティールの価格的においしい話をどういう理由であきらめてもらうかは大きな問題だ。場合によっては、スティールに株を持ってもらった方が株価が上がり有利、しかも役員にも適度な刺激があって株主には都合がいいと株主総会で判断される可能性だってある。こうなれば、スティールに反撃のための株主総会が、現役員の終焉を決議するものになってしまう。さらに、23億円をスティールに払えば、その資金で再びブルドックの株を市場で買い進められる可能性だってある。

それでも、株主総会でスティールの防衛策を決議できたとすれば、それは絶対にスティールにはブルドック株を渡さないという強い株主の意志となるわけで、スティールがいくら高値で売ってくれと株主に頼んでも株を売る株主はいないということになる。すると、スティールに払う23億円という金はどぶに捨てたも同然になり、役員は背任行為を指摘される危険性がある。

ブルドックの役員は大変なリスクを背負いながら、大株主の所へ足を運び、会社を守るために株主総会で買収防衛策に賛同してほしいと説得に回った。株主総会は6月28日に行われる予定だったが、この日は株主総会の集中日で、他社の総会とぶつかり出席できない人がないように、6月24日の日曜日に変更された。その結果、この防衛策は出席議決権の88.7%の賛成を得て決議された。会社の重要事項を決定するのに十分な3分の2を上回る結果だった。

この決議の新株予約権の発行に対してスティールは発行差し止めの仮処分を東京地裁に求めたが、地裁は著しく不公平だとはいえないと却下した。それを不服としてスティールは東京高裁に抗告したが、やはり却下された。スティールはそれを不服として最高裁に特別抗告しているが、勝ち目はほとんどない。

日本を近代国家にすることには努力を惜しまなかった岩倉具視だったが、終生皇室財産の確立と華族財政の保護に努めた。その6代目も、法曹界のグローバル化には草分け的な存在だが、伝統的な日本企業は守り抜いた形だ。

つづく

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参考資料:

Microsoftエンカルタ総合大百科2007:「岩倉具視」「ペリー」「日米修好通商条約」

[一筆経上]ブルドックは勝ったか 編集委員・安部順一 [2007年7月15日読売新聞東京朝刊]

ブルドック防衛策の新株交付 司法判断待ち課税見解/国税庁方針 [2007年7月14日読売新聞東京朝刊]

【攻防55日】ブルドックVSスティール(中)思わぬ反撃…スティール誤算[2007年07月13日産経新聞東京朝刊 経済面]

[Q&A]ブルドック防衛策発動 スティールに経済的補償 [2007年7月12日読売新聞東京朝刊]

【攻防55日】ブルドックVSスティール(上)株主総会で“賭け” [2007年07月12日産経新聞東京朝刊 経済面]

ブルドック、国内初の防衛策を発動 新株予約権でスティール比率2.86%へ [2007年7月11日読売新聞東京東京夕刊]

スティール特別抗告 「乱用的買収者」に危機感 保有銘柄の下落相次ぐ [2007年7月11日読売新聞東京朝刊]

ブルドック防衛策 スティールが特別抗告 株交付差し止めに変更へ/最高裁 [2007年7月11日読売新聞東京東京朝刊]

濫用的買収者と認定 東京高裁、スティール抗告棄却 ブルドック、防衛策発動へ [2007年7月10日日経新聞東京14版]

「スティールは乱用的買収者」 防衛策、高裁も「適法」 ブルドックあす発動 [2007年7月10日読売新聞東京朝刊]

ブルドック防衛策「適法」 スティール戦略、岐路に 高裁決定「予想外」[2007年7月10日読売新聞東京朝刊]

ブルドック株乱高下 買収防衛策の発動巡り思惑[2007年7月76日読売新聞東京朝刊]

ブルドック防衛策「適法」 スティール申請却下 総会の意思重視/東京地裁[2007年6月29日読売新聞東京朝刊]

ブルドック買収防衛策 経営陣「適法性」に自信 スティール「特定株主排除」[2007年6月25日読売新聞東京朝刊]

ブルドックとスティール、買収防衛策巡り火花[2007年6月21日読売新聞東京朝刊]

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スティール、TOB価格上げ 防衛策導入に対抗 100%買収へ強い意欲 [2007年6月16日読売新聞東京朝刊]

防衛策は世界標準 北畑経産次官、スティールに反論[2007年06月15日産経新聞東京朝刊 経済面]

スティール差し止め請求 「狙い撃ち」反発強める ブルドック側「適法性十分」[2007年6月14日読売新聞東京朝刊]

ブルドックが買収防衛策 スティールTOB、新株予約権で対抗[2007年6月8日読売新聞東京朝刊]

買収防衛策 鉄鋼、陸運で導入加速 350社超、株主総会で承認求める[2007年5月25日読売新聞東京朝刊]

買収防衛策 鈍い業界、警鐘鳴らす経産省[2007年03月29日産経新聞東京朝刊]

サッポロ防衛策、実効性に注目/北畑経産次官[2007年2月20日読売新聞大阪朝刊]

新株予約券地裁判断 識者コメント 現行法に忠実/乗っ取りの容認は脅威[2005年03月12日産経新聞東京朝刊 総合・内政面]

銀行税訴訟 「違法」「適正」攻防525日 都HP記載巡り“場外戦”も[2002年3月25日読売新聞東京朝刊]

参考サイト:

ブルドッグソース初の女性社長 池田章子さん(57)「自分変えたい」積極アピール

ブルドックソース(株)時系列データ

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