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岸田 徹 【岸コラ】 |
「この種の問題をNHKが毎朝取り上げるのは、バランスから見て問題があるのではないか」(読売新聞)と尾身財務大臣が4月6日の閣議後の記者会見で述べた。「世界の動きについての放送を多くしてくれないと、公共放送としての意味が薄れてくる」(同)と言うのだ。問題だと指摘するのは、NHKの大リーグ放送だ。
NHKは4月2日の大リーグ公式戦開幕からワールドシリーズの最後まで、衛星第一放送を中心に290試合を放送するとし、その中でも日本の西武ライオンズからアメリカ大リーグのレッドソックスに移った松坂大輔投手の公式戦先発予定試合は全部放送すると発表したのだ。しかも生中継できるものは全部して、できないものは録画で放送するという力の入れようだ。
日本テレビが読売巨人軍の試合を放送するのは、BS日テレを含めて72試合(巨人軍主催の全試合)であることを考えても、NHKの大リーグ290試合放送というのはけた外れに多い。巨人軍と読売新聞と日本テレビはそれぞれ関連の会社であるのに対し、NHKは日本の視聴者から料金を取っているいわば国策放送局だ。それが、よその国のスポーツを大々的に放送するのは、財務を担当する大臣がひとこと言いたくなるのもよく分かる。
しかし、NHKの大リーグ放送は20年前から行われ、衛星放送(BS)の試験放送時代から始まったものだ。地上波とは違う衛星放送の目玉は2つ。ほぼ同時刻で伝えることができる世界のニュース、アメリカのABC、CNNとイギリスのBBCを中心に提携放送局のニュースを伝えるのがひとつ。もう一つがスポーツの完全録画中継で、その中心をアメリカ大リーグが占めた。
NHKのBS試験放送は無料だったが、本放送が始まった1989年以降は有料になった。しかも、10万円以上するチューナーと専用アンテナが必要。NHKは衛星放送の目的を離島や山間部の電波が届かない地区をなくすとしていたため、莫大な投資がかかる割にはその成果が地味だった。おそらく、BS放送は暗礁に乗り上げるだろうと思っていたら、近鉄バッファローズ(現オリックス)にいた野茂英雄投手がナショナル・リーグのロサンゼルス・ドジャースに入団し(1995年)、いきなりリーグ最多の236三振を奪った。
この前の年、アメリカの大リーグは賃金問題がこじれ、2度の世界大戦でも中止しなかったワールドシリーズを選手のストを理由に中止した。このストにファンは辟易で、野球の人気はがた落ちだった。地に落ちた評判を上げたのが野茂投手の三振ラッシュで、野茂はその年の新人王となった。
この活躍がNHKのBS放送で流れると、BS放送の受信契約数が上がったとされ、野茂は大リーグとNHKの両方に貢献することになった。その後もイチロー(2001年)や松井秀喜(2003年)という日本のチームの主砲が大リーグに渡るとその活躍見たさに、BS放送の受信契約数はどんどん上がったという。
ところが、NHKは2004年頃から不祥事が次々に表面化し、受信料不払い運動に発展し、ついに海老沢会長が辞任した(2005年1月)。会長辞任で不払い運動に終止符が打たれるかと思いきや、NHKは受信料収入の低迷が経営に影響するといまだに後遺症が残っている。
そこで、松坂だ。今までのNHK放送は、いくら大リーグの放送と言っても、ヤンキース主体のゲーム展開で、優等生チームのカラーに飽きが来ていた。野球の発祥はニューヨーク。そこで伝統あるチーム作りをしてきたのがニューヨーク・ヤンキースで、勝つのが当たり前の伝統は、どこか日本の読売巨人軍に似ている。
これに対して、松坂投手が入ったレッドソックスはボストンのチーム。ボストンはボストン茶会事件で知られるとおり、ここからイギリスに対する独立運動が起きた、いわば国家発祥の地だ。町並みは歴史ある建物が多く、野球場のフェンウェイ・パークがアメリカで最も歴史のある球場として知られている。そこがレッドソックスの本拠だ。
アメリカのプロスポーツはアメリカン・フットボールがどこも絶大な人気で野球は二番手だが、ボストンだけは野球が一番人気。その人気の秘密は、恐らく万年ヤンキースの後塵を拝している成績だろう。ヤンキース対レッドソックスのカードは巨人・阪神戦のように歴史的対決で人気がある。レッドソックスは宿敵ヤンキースに最後はどうしても勝てないのだ。
それが、松坂入団で現在はヤンキースを遠く放してアメリカン・リーグでダントツ首位をキープしている。松坂と一緒に入団した岡島秀樹投手(元日本ハム)も大活躍で、両投手の活躍は、2004年に86年ぶりに優勝した感激をもう一度とファンに期待を持たせている。
NHKの受信料に関して、もし、本当に野茂やイチロー、松井の活躍が受信料支払のきっかけになっていたとしたなら、今年の松坂中心のNHK放送は、間違いなく今までの受診料支払い契約よりはるかに件数を伸ばす結果になるだろう。
日本人選手の活躍はこればかりでなく、イチローのいるシアトル・マリナーズにはソフトバンクにいた城島健司捕手が昨年から加わり、今年は「マリナーズ復活のカギを握る『扇の要』」と評価される活躍だ。その他、デビルレイズの岩村明憲内野手(元ヤクルト)、ロッキーズの松井稼頭央内野手(元西武)、ホワイトソックスの井口資仁内野手(元ダイエー)、レンジャーズの大塚晶則投手(元中日)、ブルージェイズの大家友和投手(元横浜)、ドジャースの斎藤隆投手(同)などの活躍があり、松坂や松井の試合でなくとも日本人選手が出ている場面が多い。
これに、つい最近、巨人にいた桑田真澄投手がパイレーツのマイナー・リーグから大リーグ入りし早速ヤンキースの松井と対戦した。こうなると、定年退職を迎えた野球ファンにとっては、朝からNHKのBS放送で昔懐かしい選手の活躍がもう一度大きな舞台で見れるのだからたまらない。
大リーグの放映権は日本では電通が持っていて、これをNHK、TBS、フジテレビ、SkyパーフェクトTV!に分けている。スカパーは別にして、どうしてTBSやフジテレビではあまり放送しないのだろうか。NHKがほぼ独占状態だ。
考えられる表面的な理由は、次の二つだ。第一は、NHKは地上波でも第一放送と教育テレビの二つのチャネルを持ち、BS放送はBS1にBS2とBSハイビジョンの3つがある。合計5つの豊富なチャネルを使えるので、大リーグの完全中継が比較的簡単に組める点。第二は、NHKが長年にわたって研究してきたハイビジョンを野球中継で活躍させることによって日の目を見せたいという点だ。ハイビジョンはNHKが20年かけて実用化したもので、現行のテレビ画面の走査線が525本なのに対しハイビジョンは1125本、画面も横に広げ迫力ある映像を提供できる。最近の薄型大型画面の普及でハイビジョンは真価を発揮しているが、そうでなくても球場の臨場感は観客の顔まではっきり見えるほどすごい。
しかし、それだけではこんなに力が入った放送をする理由が希薄だ。裏にはしっかりと仕組まれたバックボーンがあるのではないかと感じる。ナベツネさんの存在だ。
ヤンキースの本拠地であるニューヨークのヤンキー・スタジアムには日本の球場と同じくグラウンドに向けたフェンスに広告がある。その中にレフトからセンター方向に「読売新聞」の文字。日本企業の広告は多いのだが、漢字で広告しているものは他にない。それも黒地にオレンジの文字とよく目立つ。東京ドームにアラビア文字の広告があったら違和感があるだろうが、ヤンキー・スタジアムの読売新聞の文字はたぶんそんな違和感をアメリカ人に与えているに違いない。いったい何のための広告なのか。Japanese No.1 Newspapaerという広告文もあるが、そんなことアメリカ人に訴えたって、アメリカで読売新聞を買ってくれるはずがない。明らかに広告の対象はNHKのBS放送を見る日本人だ。
読売新聞の広告料は年間4億円と言われており、直接の広告効果を狙ったものにしては割高だ。
ヤンキースは公式戦の初戦を日本の東京ドームで行ったことがある。松井がヤンキースに入った翌年だ(2004年)。時差の影響もあり選手のことを思えば避けたいイベントだが、ワンマンで知られるヤンキース・オーナーのスタインブレナー氏は 「選手のことを考えれば私はこのような遠征には反対だったが、巨人の渡辺恒雄オーナーへの尊敬と友情から決めた。ヤンキースと日本のファンにとって、素晴らしいイベントになるだろう」(産経新聞)と語っている。日米の球界リーダーは個人的にも親しい間柄なのだ。
また、ナベツネさんはNHKの海老沢勝二会長が続発する不祥事の責任を取って辞任すると、読売新聞調査研究本部というところに顧問として迎え入れている。この二人が親しい間柄だということも有名な話だ。
大リーグのホームページには日本語サイトがあるが、どうもそのサイトはYahoo!が運営しているようだ。Yahoo!と言えばソフトバンクの孫正義さんの会社。福岡ソフトバンクホークスのオーナーでもある。孫さんはかつてメディア王ルパート・マードックと一緒にテレビ朝日を買収しようとして朝日新聞の猛反発で失敗している(1996年)。マードックと言えば、アメリカのFOXテレビのオーナーで、FOXテレビは昨年まで大リーグのコミッショナーとテレビの放映権で契約を締結していた相手だ。
ヤンキースが日本で公式戦の初戦を行った2004年は、近鉄とオリックスの合併話に端を発し「1リーグ制」の話が突如出てきた。西武の堤オーナーがもう一つ合併することで10球団による1リーグ制を提唱したとされているが、ナベツネさんもしきりに1リーグ制移行を口にしていた。
そこで思うのが、海老沢−渡辺−孫−マードック−スタインブレナーによる世界3リーグ制の誕生だ。アメリカは現在ナショナル・リーグとアメリカン・リーグの2リーグ制だが、両リーグの決勝試合は「ワールドシリーズ」と言う。アメリカ国内(1チームだけカナダが本拠地)での首位決定戦なのに、それを世界シリーズと呼ぶんだから、アメリカ人の頭の中は訳が分らない。ところが、これに日本でのリーグを「ジャパニーズ・リーグ」とかにして、ナショナル・リーグ、アメリカン・リーグ、ジャパニーズ・リーグの3リーグ制にすれば、その決勝戦は「ワールドシリーズ」でも分かる。
どうも、唐突だったあの時の1リーグ制構想はこんな裏があったのではないか。NHKの大リーグ中継は、日本の野球ファンに世界3リーグ制を納得させる最も効果的なツールだ。現代の世論の創造はこういうメディアの仕掛けで行われる。
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参考資料:
Microsoftエンカルタ総合大百科2007:「野球」
ゴジラのうしろ ふと見れば… 大リーグの球場 日本語広告が急増中 [2007年06月06日 産経新聞東京朝刊 総合・内政面]
有働アナ、米国特派員に [2007年05月26日産経新聞東京朝刊 社会面]
松坂対イチロー、注目対決は視聴率10.7% 大リーグ [2007年4月13日朝日新聞東京夕刊]
「米大リーグ情報が多いのは問題」 NHKに財務相 [2007年4月6日読売新聞東京夕刊)
米大リーグ 松坂、1億ドル男、視線独占 [ 2007年03月04日 産経新聞東京朝刊 スポーツ面]
巨人戦、今季も韓国で放送/日本テレビ [2007年2月27日読売新聞東京朝刊]
もう一花咲かせたい 目覚めて立ち上がるバブル世代のキモ [2007年2月19日週刊アエラ]
米大リーグ、松坂先発は全部放送/NHK [2007年2月2日読売新聞西部朝刊
(06年スポーツ回顧:上)視聴率1位はサッカーW杯クロア [2006年12月30日朝日新聞東京朝刊]
松坂特需に乗れ ボストン観戦ツアー“ドル箱” 試合中継「前向き」 [2006年12月16日産経新聞大阪夕刊 1面]
プロ野球・巨人戦中継 来季、40試合に/日テレ [2006年12月15日読売新聞東京朝刊]
大リーグ人気下降 放送局「松坂効果」に期待 [2006年11月18日朝日新聞東京夕刊]
WBC松井不参加 阿部も辞退、相川が代替出場 [2005年12月28日産経新聞東京朝刊 スポーツ面]
[BSデジタル1000万](下)NHK、質・量とも圧倒(連載) [2005年9月15日読売新聞東京夕刊]
プロ野球視聴率、混戦模様 巨人戦は調子出ず ナイター中継育成の機運も [2005年8月17日読売新聞東京夕刊]
愛知万博で観客圧倒 超高画質、超大画面 [2005年5月25日読売新聞東京夕刊]
[木村栄文のTV評]NHKスペシャル「待ったなし プロ野球改革」(寄稿) [2005年5月16日読売新聞西部夕刊]
[攻防ライブドアVSフジテレビ]ドキュメント=3月25日 [2005年3月26日読売新聞東京朝刊]
[2004回顧・テレビ]NHK不祥事、高まる不信 [2004年12月14日読売新聞東京夕刊
【2004日米野球】最終戦 空席が物語る「曲がり角」 [2004年11月15日産経新聞東京朝刊 スポーツ面]
[木村栄文のTV評]「イチロー新記録を語る」(寄稿) [2004年11月8日読売新聞西部夕刊]
米大リーグ・イチローのシーズン最多安打記録 視聴率は7.2% [2004年10月4日読売新聞東京夕刊]
NHKなど4局が放映 米大リーグ2004年シーズン [2004年2月6日読売新聞東京朝刊
ヤンキース 東京ドームで開幕戦決定 3月30、31日 対デビルレイズ [2003年12月18日産経新聞大阪夕刊 スポーツ面]
【トップに聞くTV50年】(4)NHK・海老沢勝二会長 [2003年05月16日産経新聞東京朝刊 メディア面]
大リーグ開幕戦、日テレが中継へ BSはNHK [2004年01月07日産経新聞東京朝刊]
在京テレビキー局 「阪神戦中継なし」の理由 [2003年09月19日産経新聞東京朝刊 総合・内政面]
巨人の来季ホームゲーム NHKが10試合放映 うち5試合は“独占”で [2001年10月31日読売新聞東京朝刊]
巨人中継 尻切れにマジギレ渡辺オーナー 延長めぐり内輪もめ 日テレ独占終止符 [2001年10月31日産経新聞東京朝刊 社会面]
[PlayBack]1984年5月12日 衛星放送スタート [2001年5月8日読売新聞東京朝刊]
マードック氏の誤算 「テレ朝株」攻防9か月 朝日新聞が総力、株名義集中 [1997年3月14日読売新聞東京朝刊]
夢の球宴ファン投票 ルーキー野茂が独走中 “150キロ”与田も首位 [1990年7月3日読売新聞東京朝刊]
魅力ある「衛星放送」とは… まず“親方日の丸”体質打破で(解説) [1987年7月11日読売新聞東京朝刊]
大リーグお茶の間中継 7月4日からNHKが連日 解説は藤田氏 [1997年6月27日読売新聞東京朝刊]
世界のニュース“同時放送”/7月からNHK衛星放送 [1987年6月13日読売新聞東京朝刊]
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