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岸田 徹 【岸コラ】 |
松岡農相が自殺を意識したのは、地元の事務所に以前出入りしていた同級生で有力支援者だった会社社長が自宅で自殺した今月18日だったのではないかと思う。
28日の自殺までに10日間あった。24日緑資源機構の理事らが東京地検特捜部に逮捕された。25日特捜部は熊本県小国町で機構が進める整備事業にも捜査を拡大し、松岡農相に受注業者14社から3年間で約1,300万円の献金があったことが明らかになった。
きれいに晴れ上がった27日、皇太子殿下と安倍首相夫妻が日本ダービーを観戦のために東京競馬場の貴賓室に入った。本来そこには、競馬を運営する日本中央競馬会の所轄官庁である農水省の松岡大臣がいるはずだった。皇太子殿下の来臨は松岡農相の招待状によるものだ。
松岡農相は、この席にホスト役として皇太子殿下を迎える責務があった。しかし、自殺を前にしたとなれば、その責務はひとつの選択肢に変わる。出るも出ないも松岡農相の手の内。そして選んだのは欠席。自殺を翌日に控え、競馬どころではないとの考え方もあるが、最期なら10万人以上の観衆を前に皇太子殿下を迎える晴れ舞台も悪くはないはず。松岡農相は、あてがいぶちで農相になったわけではなく、鳥取大学の農学部を卒業して農水省に入り20年間官僚として働いた後に衆議院議員に立候補、農政スペシャリストとして初当選した。以降、農水政務次官、農水副大臣を歴任した根っからの農水族議員で、農水大臣は彼の人生の最も望んでいた終着駅であったはず。その最期を地味な農水省で唯一スポットが当たる日本ダービーで迎えるのは、選んでいい選択肢だった。
そのダービーを欠席し向かった先は地元熊本。26日(土)に参議院戦に向けて開かれた県議団の選挙対策会議に出席した。その夜、熊本県連の県議員勇退の慰労会が行なわれ出席。その場では「皆さまに嫌われているような話があるが、自分は真っすぐに向かっているので大丈夫」といつもと変わらぬ調子で話した(産経新聞)。しかし、そこでひとつ気になることがあったという。普段タバコを吸わないのに「一年に一本だけ」と言って口にし、故松野頼三・自民党衆院議員のグラマン疑惑に関心を寄せ、「(疑惑を)乗り切ったのは何歳のときやったですかね」と関係者に尋ねた(同)。
松野頼三氏は、30億円のリベートが岸内閣以降の選挙対策費として支払われたのではないかというグラマン疑惑事件で当時かかわった政府高官の一人とされ議員を引責辞任した。その後一度衆議院選で復活当選するが、次の選挙では世代交代を訴えた松岡氏が松野氏と同じ選挙区から立候補し、松岡氏当選、松野氏落選となった。松野氏はその後政界を引退したが、小泉首相は松野氏を「政治の師」と仰ぎ終始指南を求めていた。当時松岡氏は族議員の代表格の一人で、小泉首相に抵抗勢力と言われる存在だった。
26日の昼には実家に行き、亡父の仏壇に手を合わせ、母のハルコさんとともに墓参りに行った。その間15分だったが松岡農相は「お母さん、体を大事にして」と声をかけた。
27日は夕方飛行機で東京に戻ったのだが、その前の行動は不明だ。ダービーを犠牲にしても最期にやりたかったこと、ひょっとしたら有力支援者だった同級生の墓参りだったのか。
この間、気になる点が3点ある。第一はダービーを辞退したのかそれとも他にやりたいことがあって欠席したのか。第二は、松野頼三氏への同情とも取れる発言はどうしてされたのか。第三に、松岡農相のお母さんは86歳だが、そんな高齢の母をひとり残してわざわざ会いに行った上で自殺できるかという点だ。
もし、松岡農相が厚顔な政治家だったなら、死の前の行動はこの三点とは別な展開になっていたのではないかと想像できる。つまり、自分が頂点になった瞬間を実感するためにダービーの貴賓室で皇太子とともに観戦し、松野氏のことなど考えもせずに、母には会わず、無様な姿を見せないためにどこか人目のつかないところで首をつっただろう。
ダービーは、本当のところは行きたかったのだろう。しかし、恐らく行けなかったのだ。疑惑の矛先が自分に向いているときに、皇太子殿下を迎えることは殿下も困ると思っただろうし、安倍首相の父の代から世話になったご自身としては首相にも対応に困るような状況を作りたくはなかっただろう。貴賓室にいる皇太子と安倍夫妻と自分が報道フラッシュに当たる場面を想像したら、辞退すべきだと考えたに違いない。
松野頼三氏はすでに過去の人だが、その地盤を息子の頼久氏が継ぎ民主党から出馬してすでに3選を果たしている。松野頼三氏の父は元参議院議長で吉田茂の指南役として有名だ。つまり、三代続く政治家。一方の松岡農相は血縁はなくいわば一代で大臣に上り詰めた議員。小泉首相も安倍首相もみな先代が築いた選挙区地盤で議員になっている。その選挙区とは人ばかりでなく金もある地盤だ。松岡農相にしてみれば、人も金も自分の代から造り上げなくてはならないギャップを常に感じていたに違いない。その小泉さんは松野氏を指南役に、自分を抵抗勢力にしてのし上がる。いい思いはしていなかったのではないか。それが、松野氏に同情的になったというのは、地検特捜部の捜査を前に同じ一人の人間になったという情がわいてきたのではないか。
お母さんの件については、実母ではない。松岡農相の実母は農相が20歳の時に亡くなり、その後父が結婚した相手が現在のお母さんだ。しかし、松岡農相は実の母のように大事にしていたと言われ、死ぬ前にないがしろにして死んだのではないというメッセージを伝えておくために、実家を訪ね墓参りをしたのだろう。
そして、28日税金の無駄遣いだと批判されている赤坂の議員宿舎で首をつって自殺した。周到な準備をしたつもりだろうが、発見後病院に運ばれるまでの間をカメラが回り報道されるとは思っていなかっただろう。この日、ZARDの坂井泉水さんの死亡が明らかになり、報道陣が同じ病院の慶応義塾大学病院に集まっているところだった。この映像は、松岡農相の死をより生々しく伝えた。
すぐさま、地検幹部は「驚いた」「コメントしようがない」。地検関係者は「事件に関係しているかどうかをこれから調べる、という段階だった。幹部は何とも言いようがないはずだ」と代弁した(毎日新聞)。
しかし、今日(5月29日)また特捜部がターゲットにしていた緑資源機構の前身である旧森林開発公団の山崎元理事が自宅のマンションから飛び降り自殺した。76歳だった。これで、この事件の関係者と思われる自殺者は3人だ。地検特捜部の捜査を受けて自殺したいとの願望を抱く理由は、自分の罪を恥じるためではない。自分以外に事件に関連した人のことを認めさせる場面が到来すると一様に死を意識する。つまり、自分の証言で長年仲間だった人を罪人にしてしまう瞬間がどうしても受入れられないのだ。しかし、執拗な捜査はどんどん心身を疲労させ、自分の判断の限界を超えてしまう。仲間を裏切ることを最大の罪と教えられまた自分も部下に教えてきた真面目な組織人にとっては、この一瞬は死んで貝になりたいと思う瞬間なのだ。
緑資源機構の談合疑惑は、林道などの工事を、発注権限を持った公団(機構)がそこからの天下りを受入れた順に工事を発注するように仕組み、工事業者はその工事で得た利益を、さらに上の政治家に政治献金するという構図だ。談合がなければ少なくとも政治献金分は工事代金が安くなる「税金搾取」に対する捜査が特捜部の狙ったものだ。
しかし、実際の罪状となると、独占禁止法違反容疑になる。独禁法違反で特捜部が捜査をするには、公正取引委員会が刑事告発する必要がある。公取委はこのような疑惑が持ち上がると、法に照らして刑事罰を伴う告発にするか、それとも行政処分を意識した行政指導にするかを検討する。その基準は事件の大小だ。大きければ刑事告訴に踏み切る。今回の場合、林道整備などの費用は年間7億円程度。公取委の基準としては小額。通常では行政指導が入る程度のものだと言われている。
それを刑事告訴に踏み切ったのは、「検察の意向が非常に強かったため」(公取委関係者・毎日新聞)という。これに対し検察幹部は「公取委が告発に積極的だった」(同)と言い両者の言い分は分かれるが、常識的には公取関係者の見方が正しいのだろう。
長銀事件のときもそうだったが、地検特捜部が本腰を入れて捜査を行い、そのために多くの自殺者を出す現実に大変な疑問を感じる。いったい、誰のための捜査なのか。捜査をしていったい誰が得をするのか、まったく分らない。法律は犯した人を全員逮捕するためにあるのではない。逮捕したい人を逮捕するために存在する。地検特捜部の意思がなければ、緑資源機構の談合疑惑で逮捕される人は出てこない。
莫大な税金を投入して行なわれる捜査をして、自殺者を出し、よくやってくれたと国民が拍手喝采をしているのだろうか。この種の事件は、特捜部が見せしめのために上げるものだ。見せしめで談合がなくなればいいが、世の中の構図はそんなに単純な物ではない。みな、良くも悪くも生活がかかっているからだ。構造的に対処しなくては談合はなくならない。それを指摘し、世間の目を厳しくさせ、納税者の意識が上がり、地域の土建業者が納税者の方を向いて仕事をするようにするには、マスコミが積極的にこれらの問題を取り上げ、市民全員の意識改革がないとできないものだ。
同じ死を選ぶにも首をつって死ぬのは、体制に対して恨みがある場合が多い。松岡農相は、選挙資金を自分で集めなくてはならない仕組みの上で、金額のことを考えたら、なんで自分のところが槍玉に上がらなくてはいけないのか、不条理を感じていたに違いない。結果的に税金を選挙資金に吸い上げる構図になっているが、直接的には政治献金だ。民主主義の政治には莫大な時間と金が必要だ。日本は豊かな国になったといわれるが、お金の中身は清く額は多くという政治献金を生み出す社会構造には残念ながらなっていない。
このような自殺は本音が語られなくなったときの最後の強制意思疎通手段だ。死をもって償うからこれ以上追求しないでくれというメッセージだが、社会構造の変革には本音の部分が前面に出ないと全体主義の誕生を許してしまう。
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参考資料:
松岡農水相自殺 疑惑拭いきれない「農政の専門家」 「政治とカネ」常に[2007年05月29日産経新聞東京朝刊社会面]
松岡農水相自殺 首相に「重責」残し[2007年05月29日産経新聞東京朝刊総合・内政面]
松岡農水相自殺 熊本で何が… 週末、謎のお国入り[2007年05月29日 産経新聞東京朝刊社会面]
松岡農相が首つり自殺…議員宿舎で秘書と打ち合わせ後 [2007年5月29日サンスポ更新]
疑惑抱え突然の死・松岡農相、3日前元気なく「責任痛感 [2007年5月29日3時13分Yomiuri Online]
松岡農相が自殺、安倍首相らあての遺書 [2007年05月29日付スポニチ紙面記事]
松岡農水相自殺 昼下がり 永田町衝撃 「本当か」閣僚ら絶句 [2007年05月28日産経新聞大阪夕刊社会面]
緑資源談合 受注業者を捜索/東京地検[2007年5月28日読売新聞東京夕刊]
緑資源機構、のり面工事も談合 5年で172件発注 有力OB会社45件 [2007年5月26日読売新聞東京朝刊]
緑資源の林道談合 元理事、1990年ごろ調整手法を考案 退職後も影響力 [2007年5月26日読売新聞東京夕刊]
林道談合 業界操作 発注者、事実上の「主犯」 [2007年05月25日産経新聞東京朝刊 1面]
“主流”自民・伊吹派にさざ波 新体制の方針固まらず [2006年9月30日読売新聞東京朝刊]
安倍内閣 17閣僚こんな人=特集 [2006年9月27日読売新聞東京朝刊]
熱気の130選挙区 新旧、票奪い合い 衆院選序盤情勢分析/九州ブロック [1990年2月5日読売新聞東京朝刊]
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