継承される官僚知事 バベルの塔

温家宝首相訪日は誰が操ったのか。

岸田 徹 【岸コラ】
2007年4月17日(火)

中国の温家宝首相小泉さんより安倍さんの方がタカ派だというのは、多くの人が抱く常識だった。しかし、ポスト小泉は安倍首相が早くから濃厚だったので、中国は対日戦略に苦心したに違いない。

温家宝首相がこのほど来日したのは、安倍さんが昨年10月に温首相の招待で訪中したお返しだ。安倍さんは昨年の9月26日に首相になると10月8日に中国を訪問した。首相としてはじめての外国訪問先を中国に選んだことも、その選択が就任早々だったことも電撃的だった。その2ヵ月後、フィリピンのセブ島で中国の李外相と会談した麻生外相が、胡錦濤首席か温家宝首相の訪日を要請した。翌月には温首相が訪日を表明し、それから3ヵ月後に来日したのだった。

氷を砕いた安倍首相に氷を溶かした温首相と、日中首脳の相互訪問は成功裡に終わったかのようだ。しかし、実際には腰が引けているところがずいぶんある。麻生外相が温首相より上の胡主席の訪日を要請した背景には、胡主席が訪日に意欲を見せていたからだった。それがいつの間にか立ち消えになった。また、歴代の中国首相の来日は5日間だったが温首相は3日間だ。

タカ派の安倍さんが真っ先にアメリカを訪問しないのも変だし、温首相のお返し訪問が短いのも変だ。

さらに、何のための会談だったのかは結果が見えにくい。中国が抱える台湾問題に日本が抱える拉致問題を互いに理解し、東シナ海の油田開発は共同で、環境問題には双方が協力しようという。どうやってやるかは先送りだ。これらは今までの日中両政府が示していた態度とあまり変わらない。

日中経済は盛んなのに小泉さんが靖国を参拝するから日中政府間は凍ってしまった。両政府は互いに危機感があったとされているが、それにしては、満を持して行った首脳会談とは到底思えない。どこか力が抜けていて、やらされた会談だったのではないか。

この思いは、あまり大きく報道されてはいない合意内容を探るとさらに大きくなる。不思議だと思う点は次の2点だ。

(1)戦略的互恵関係の基本精神として「日中両国が、アジア及び世界の平和、安定及び発展に対して共に建設的な貢献を行なうことが、新たな時代において両国に与えられた責任である。両国は将来にわたり、互恵協力を全面的に発展させ、互いに利益を得て共通利益を拡大する。それにより、両国関係を新たな高みに発展させていく」

(2)「中国海軍艦艇の訪日、海上自衛隊艦艇の訪中を早期に実現。防衛当局間の連絡メカニズムを整備し、海上での不測の事態の発生を防止」

この二つは驚きだ。まるで安全保障条約締結に向けての宣言のようだからだ。日本はアメリカ以外と安全保障条約を結んでいないし、これからも結ぶつもりはないはずだ。

「日本の繁栄は、有効に機能してきた日米関係の上に成り立っております。(中略)日米関係については、日米安保体制が、より有効に機能するよう努めます」と小泉さんは所信表明演説で言っているし(2001年5月)、「『世界とアジアのための日米同盟』をより明確にし、アジアの強固な連帯のために積極的に貢献する外交を進めてまいります。(中略)日米同盟がより効果的に機能し、平和が維持されるようにするため、いかなる場合が憲法で禁止されている集団的自衛権の行使に該当するのか、個別具体的な例に即し、よく研究してまいります」と安倍さんも日米同盟を具体的に推し進める所信を表明している(2006年9月)。

多くの国民がアメリカは日本にとって緊密で唯一の同盟国だと思い、まさか、中国が同様の同盟国だとは思っていない。一方中国だって、靖国問題が何一つ解決していない状況で、同盟関係だなんてありえない。

日本も中国もあまり乗り気ではなかった首脳会談を行なわせ、日中は新たな互恵関係を築くだなどと短期間のうちに言わせることができるのは、いったい誰か。それができるのは、今までそれを最も嫌がったアメリカでしかない。

では、なんでアメリカは日本と中国が軍事の面にまで及んで仲がよくなることを望んでいるのか。ついこの間までは、アーミテージ国務副長官が日米同盟と英米同盟が世界を制覇すると言っていたはずなのだが。

イラク戦争でアメリカの戦費が拡大し、アメリカ一国が世界をリードできなくなり、今までアメリカが行なっていた世界の警察機能を他の大国にもやらせようとしているというのが有力説だ。アメリカはアジアの安定を中国に求めたが、中国は一国に押し付けられるのは負担が大きすぎると拒み、日本を引きずり込んだというのが有力説には付きまとう。

確かにブッシュ政権は誕生前から強いアメリカを標榜し、アメリカ軍の士気低下は民主党のクリントン政権がもたらせたものとして非難していた。それに同調した票がブッシュ政権を生んだとも言える。ブッシュ政権は最初からアメリカは平和維持のために戦争をすると宣言していたようなもの。それを支持したアメリカ国民がアメリカ軍のイラク侵攻を支持したのは当然のことだった。

ところが、イラクでの泥沼化はベトナム戦争のトラウマを呼び起こし、次期政権はいかにイラクから撤退するかが大きな焦点となっている。その意味では、世界の警察機能分散化は納得できる説だ。

しかし、本当の狙いは別なところにあるのではないかと思う。

日本は官僚国家だから政権が交代しても国の政策が転換されることはまずない。官僚は変化を望まないので、官僚に支配された日本も変化を望まないからだ。中国は共産党の国なので、党が変わらないと政権が交代しても変わらない。党はピラミッド型の集権体制なので革命でない限りやはり変化は望まない。その意味でも、今回の日中首脳会談の合意内容はあまりにも現在の体制とかけ離れている。

一方、アメリカは資本主義の権化だ。資本主義国家なので、資本家の意向が強く働く。資本家が望めば戦争もする。資本家は変化を望むので、アメリカは政権が交代したら変わるし、政権が交代しなくても資本家の意向が変われば政権内部が変わる。

資本は持っているだけでは商売にならず、移動し変革を起こてその価値を大きくしてはじめて意味がある。アメリカの資本家は、日本に対し規制の撤廃を求め、自由に自分の資本を受入れるよう求めてきた。橋本首相のときから行なってきたことだが、あまり上手くいかなかった。実現できたのは小泉改革からだ。小泉さんとアメリカの事情をよく知る竹中さんが一緒になって日本の規制を取り払い、アメリカの資本家が望むような環境を作ってきた。その結果、日本の資本が築いてきたビジネス街やホテルやゴルフ場を含むリゾート施設はどんどんアメリカの資本の手に渡り、銀行も複数がアメリカ資本に買われた。郵便局の貯金も間もなく買おうと思えばアメリカの資本家が手にすることができる。

もう、これ以上の魅力は日本にはない。これからは、手にした資産を日本の資産家に何倍にもして売り払い、がっぽり儲けて出て行くだけだ。その意味では中国もすでに成長の過程に乗ってしまい、魅力ある市場とは言えない。アメリカの資本家にとっては日本も中国もすでに過去のもの。今まではアメリカのものにするために色々と注文も付けたが、これからは勝手にやってちょうだいということ。

がっぽり儲けたお金は、これから成長が大きく見込めるロシアや東南アジア諸国に向けられるのだろう。そのためには、もう強いアメリカは必要ない。世界で唯一強いアメリカはかえって邪魔になる。これからは、世界の要所要所で変化があり、世界の小国が競って繁栄していく方が、資本家にとっては魅力的だ。

アジアの繁栄は日本と中国で築くとは体のいい表現だが、その実はアメリカの資本に使い捨てられた日本と中国だ。

この記事の読者数:


参考資料:

Microsoftエンカルタ総合大百科2007:「東シナ海開発問題」

自衛隊―中国軍ホットライン 秋の合意目指す 艦船や航空機の偶発衝突を回避 [2007年4月16日読売新聞東京夕刊]

[点検・安倍外交]日中関係(上)笑顔の裏で駆け引き(連載) [2007年4月12日読売新聞東京朝刊]

日中首脳が会談 「戦略的互恵」を具体化 拉致・核で連携 ガス田具体策目指す [2007年4月12日読売新聞東京朝刊]

安倍首相訪中 「靖国」日中間で一定の合意と判断/中国外務省 [2006年10月5日読売新聞東京朝刊]

日中ガス田協議 技術専門家会合設置へ 連絡体制強化も合意 [2006年7月10日読売新聞東京夕刊]

小沢・胡錦濤会談 中国、露骨に「選別」 靖国参拝派けん制か [2006年7月5日読売新聞東京朝刊]

日中外相が1年ぶり会談 「ガス田」協議加速は一致 靖国問題の溝埋まらず  [2006年5月24日読売新聞東京夕刊]

ガス田協議・日中平行線 事務レベルに限界 来週の外相会談に焦点 [2006年5月19日読売新聞東京朝刊]

米中首脳会談の歓迎式典 胡主席、表情硬く ブッシュ大統領は“努力不足”指摘 [2006年4月21日読売新聞東京朝刊]

米中首脳が会談 ブッシュ米大統領、北朝鮮の核への「影響力」求める [2006年4月21日読売新聞東京朝刊]

橋本元首相ら、あすから訪中 胡錦濤主席らと0会談 [2006年3月29日読売新聞東京朝刊]

二階経産相・厚遇、中川政調会長・冷遇…訪中で格差、靖国などけん制? [2006年2月24日読売新聞東京朝刊]

自公政調会長ら、きょう訪中 日中関係の改善探る 安倍氏支援へ環境づくり? [2006年2月19日読売新聞東京朝刊]

中国、「ポスト小泉」に期待 関係改善にらみ、与党幹部の訪中受け入れ [2006年2月16日読売新聞東京朝刊]

[政治の現場]続々・小泉外交(16)国連改革 首相の姿勢一転 [2005年6月16日読売新聞東京朝刊]

川口外相訪中 「尖閣」「靖国」で双方が原則論 首脳相互訪問見えず [2004年4月4日読売新聞東京朝刊]

6か国協議 日中、緊密協力で一致 川口外相、4月訪中へ調整 [2004年2月12日読売新聞東京朝刊]

イラク復興 国際協調の重要性で一致 アーミテージ米国務副長官と川口外相会談 [2004年2月3日読売新聞東京朝刊]

首脳訪問再開に意欲 温家宝・中国首相、小泉首相に表明 [2003年10月8日読売新聞東京朝刊]

北の核「平和解決で」 小泉首相と中国外相一致 [2003年8月12日読売新聞東京朝刊]

「北」の約束、履行に不安 小泉訪朝「評価」されたが… 安保面の成果、疑問も [2002年9月23日読売新聞東京朝刊]

米共和党大会 マケイン氏登壇で結束 「強い米国」前面に 「戦争の勇士」ら演説 [2000年08月03日産経新聞東京朝刊]

米共和党大会 軍事力維持を強調 ブッシュ氏の外交顧問、NMD推進を表明 [2000年8月2日読売新聞東京夕刊]

橋本首相の記者会見要旨 [1997年9月6日読売新聞東京夕刊]

【岸コラ】もくじ 【岸田コラム】 home

Copyright (C) Toru Kishida 2007 All Rights Reserved.