高齢社会にイエスタデー・ワンス・モアはない。 継承される官僚知事

2016年はオリンピックではなくパラリンピックで。

岸田 徹 【岸コラ】
2007年4月6日(金)

戦後初のオリンピックだったロンドン大会に日本は招待されなかった。敗戦国だったからだ。戦争前のオリンピックは東京で開催されることが決まっていたので、招待されないのは大変な屈辱だった。

それだけに、1964年の東京オリンピックは政府も国民もまさに国家の威信をかけて開催準備に走った。東京オリンピックは、大会そのものが国の所得倍増計画や高度経済成長政策に組み込まれ、競技施設ばかりでなく東海道新幹線や首都高速道路建設などに莫大な国家予算がつぎ込まれた(1兆800億円)。

アジアで初のオリンピックは大成功で、日本はアメリカ、旧ソ連についで第3位の金メダルを獲得。開会式が行なわれた10月10日は体育の日として国民の祝日になった。東京オリンピックは日本の国際的な地位を上げたばかりでなく、これをきっかけに高度経済成長が始まった。

現東京都知事の石原慎太郎氏は当時32歳、芥川賞受作家だった。その4年後参議院選挙に自民党から立候補し史上初の300万票を獲得してトップ当選を果たした。その目には、オリンピックの成功で戦後自信を失っていた日本人がどんどん自信を取り戻していく姿、それに経済が高度に循環する姿を映し出していたに違いない。

だからこそ、2016年にもう一度東京オリンピックを開催し、日本を再び好循環の経済に乗せようという夢を描いているのだろう。

ところが、そうはいかないのだ。東京オリンピックが開かれた1964年当時は65歳以上の人がたったの6.2%。15歳以下の人口が26.3%。残りの7割近くの人たちが東京オリンピックを成功させ、その後の高度成長のけん引役になったのだ。夢は当時未成年だった団塊の世代にも引き継がれ日本の企業戦士となって働いた。金メダルを目指した東京オリンピックの感動は、人口が多かった労働力世代と子供たちに与えられたものだった。

しかし、2016年には石原さんも84歳、未成年だった団塊の世代も65歳以上の高齢世代に入る。この時、65歳以上の人たちは人口の4分の1以上を占める。15歳未満の人口は1割あまりで、労働人口は6割だ。

東京オリンピックの成功を喜んだ若者は、2016年にはいない。しかも、高齢者は敗戦国の雪辱をすでに晴らし、オリンピックに新たな感動を求めることはない。そんな時に「都市文明の英知と日本の技を結集したオリンピックの開催を目指す」(東京都)なんて意気込んでみてもただから回りするだけだ。

10年後オリンピックは日本の高齢社会の中で化石化しているかもしれない。やり方次第では、オリンピックよりパラリンピックの方がはるかに感動を呼ぶイベントになるだろう。

パラリンピックはオリンピックの後に行なわれるが、パラリンピックという名称が使われたのは東京オリンピックの時からだ。当時皇太子だった現天皇が東京パラリンピックの名誉総裁を務めた。陛下はことのほか身体障害者スポーツに熱意を注がれ、東京パラリンピックの成功後、「このような大会を国内でも毎年行ってもらいたいと思います」(読売新聞)と希望を述べられた。それが後押しになって翌年から国体の後に「全国身体障害者スポーツ大会」(現在は「全国知的障害者スポーツ大会」と統合され「全国障害者スポーツ大会」)が開かれるようになった。陛下は欠かさず出席されている。

パラリンピックはParaplegia(下半身麻痺)とOlympicをあわせた造語で、最初は脊髄損傷者を集めて行なったスポーツ大会だった。モントリオール大会から視覚障害者や四肢の切断者も参加するようになり、健常者と同じ競技を独自のルールで行うものとゴールボールのようにパラリンピック独自のものの2種類の競技が障害の度合いにより細かく参加資格が分かれて行われている。冬季パラリンピックも行なわれ、長野パラリンピックでは日本勢が大活躍をした。

近年は、オリンピック同様「より速く、より高く、より強く」を目指す世界の記録を争う競技大会になっている。水泳の成田真由美選手はアトランタ、シドニーの2大会で金メダルを多数獲得、アテネでは大会最多メダリストになり、日本人ばかりでなく世界から注目されるアスリートだ。

事故や病気による障害も障害だが、加齢による障害も障害だ。何が原因であれ、ハンディを背負った人たちが競うゲームも、長い準備の努力の成果を競うものは感動を呼ぶ。競技者は記録を追うかもしれないが観客の感動は記録よりは、選手が競技に臨む姿だ。これは、健常者だろうが障害者だろうが同じ。

そこで、高齢社会の2016年には、パラリンピックの種目に年齢によるハンディも加えて多くの高齢者がその技を競い合ったら、その姿に感動したり共感したり励まされる人が多いはずだ。同様の環境の人が自己を高めている姿には感動が伴う。1964年の東京オリンピックも結局は競技者と同様の年代の人、またはそれに憧れる年下の人が多かったのだ。

日本は世界に例を見ない高齢社会を形成し、実は世界各国から注目されている。高度経済成長の日本にはもう興味はないのだ。どこの国も高齢化社会を迎えようとしているのだが、どのように国の仕組みを作ったらいいのか分からないでいる。

そこで、日本が高齢者福祉の国に変身し、その象徴として東京パラリンピックをオリンピックをやらずに開催したら、これは大変な注目を浴び、その成功は莫大な財産に変わる。かつて日本は東京オリンピックを契機に高度経済成長をしたが、今度は東京パラリンピックを契機に高度福祉成長を果たすのだ。

福祉にばかり傾注すると、経済が停滞し満足に食べることができないのではないかと危惧する向きもあるかもしれない。その心配は無用だ。

日本は、すでに食料自給率が4割に落ちている。生産物は7割近くを日本で自給しているが、実際にはその生産物を生産するのに穀物類や油脂類を大量に輸入している。穀物自給率は3割ないので、実際のところ日本の食料自給率は4割になってしまう。

4割でも日本経済が十分回っているのは、日本がすでにサービス産業で経済を回しているからだ。東京では食料も工業製品も生産していないのに経済が回っていると同じ。他府県が東京を物質的に支え、東京が他府県をサービスで支えている構造だ。

日本が高齢社会で経済成長するには、高齢社会の運営ノウハウを生み出し、そのノウハウを海外に輸出し、その代金で食料や工業製品を購入し、経済を回すことだ。なにしろ、どこの国もこれからは高齢化社会になるのに、その運営ノウハウが確立されていない。どこの国も喉らか手が出るほどそのノウハウがほしい。

実際、高齢社会に変身するにはやることが山ほどある。道路だって、今は車と自転車と歩行者の道路ですんでいるが、これに車椅子が加われば今の道路は機能しなくなるばかりか事故が多発する。これを安全で快適な道路にするには、歩道の概念が変わるだろうし、横断歩道や信号機の付け方も変わり、ひょっとしたら、車の概念も変えなくてはならないかもしれない。これらは、単に工事をやればいい訳ではなく、高齢社会の道路にするノウハウが必要だ。日本の建設業者がこのノウハウを身に付ければ世界で再び莫大なビジネスが待っている。

これが衣食住、喜怒哀楽すべてにわたり必要とされている。こんなビジネスチャンスは、今世紀中には二度と来ない。

日本は、好もうと好むまいと高齢社会で生きるしかない。世界が憧れる高齢社会を実現すれば、大変なビジネスチャンスが訪れる。オリンピックなんてやっていられない。次は東京パラリンピックだ。どうしてもオリンピックをやりたいのなら、パラリンピック競技が終わったらその後どうぞ。

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参考資料:

Microsoftエンカルタ総合大百科2007:「東京オリンピック」「石原慎太郎」「パラリンピック」

[キーパーソン]「松岡手袋」社長 松岡紘二さん62=香川 [2007年2月7日読売新聞大阪朝刊]

[探語帳]車いす [2007年9月11日読売新聞東京夕刊]

北島選手の水着を見つけた! 「繊維展」=YJP [2004年8月19日読売新聞東京夕刊]

[平成の天皇](4)障害者に深いご理解(連載) [1989年1月14日読売新聞東京朝刊]

参考サイト:

我が国の推計人口

日本の将来推計人口(平成14年1月推計)

我が国の食料自給率

東京オリンピック基本方針

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