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岸田 徹 【岸コラ】 |
「高齢化社会」の定義は、65歳以上の人口が全人口の7%を超えたときとされている(国連)。日本政府は、もう少し詳しく定義付けしているようで、7%から14%の状態を「高齢化社会」と呼び、14%以上を「高齢社会」と呼ぶようにしているらしい。
では、現在は「高齢化社会」か「高齢社会」か。正解は「高齢社会」。日本は1970年に7%をとっくに超え、14%の壁はあっさりと1994年に超えてしまった。現在は21.2%だ(3月1日現在人口推計月報概算値)。5人に1人が65歳以上で、75歳以上は10人に1人だ。これは全国値なので、場所によっては老人比率がさらに高いところがある。先日の能登半島地震で、避難場所のテレビ映像が老人ばかりだったのはそれを物語る。
高齢化は世界的な現象だが、その中でも日本の高齢化率は世界一だ。バブル前の1980年代までは日本は下位だったのが、あっという間に世界一になったのだから、高齢化への急激な進展も世界に類を見ない。
少子高齢化は年金問題だけでなく、今現実に老人の生活を支えなくてはならない介護保険の問題をクローズアップさせている。
言葉が通じない世界で生活することは、大きなストレスだ。海外での生活はそのひとつだが、何も海外だけではない。育児ノイローゼ、認知症の介護、これらも言葉が通じないストレスが激しい。育児をしている母親の半数は常に不安を感じているという調査がある(東京都世田谷区)。不幸にも虐待や無理心中が起こってしまうケースもあるが、通常育児は子供の成長と共に発展があり、その意味では時が味方をしてくれる。
ところが、介護はいつ終わるか分らないという絶望感が同居する。日本は儒教の影響で親孝行が当り前の常識がある。しかし、5人に1人が老人の社会では、子供が親の面倒を見るのは限界がある。ここは、社会の力で老人介護を行ない、さらには老人介護が経済活動の推進役になると、財政再建の日本も将来が見えてくる。
老人介護の中心は、介護保険制度だ。介護保険制度が実施されてから7年になるが(2000年4月から)、我々の生活に定着しているとは思えない。制度が複雑で、どこをどうしたらいくら保険料がもらえるのかが分らない。さらに、老人の数が多く介護ビジネスへの参入企業が多いのに、実際に介護にあたる就職希望者が少ない。いったいなぜなのか。
5人に1人は65歳以上の日本だが、このうち介護保険でヘルパーに介護をしてもらっている人は約15%。65歳以上が5人に1人いても介護認定を受けている人は30人に1人だ。年金も思うようにもらえないし、まだまだ現役だという元気な方が多いのはこの数字からも想像できる。
また、75歳以上の方でも3人に1人しか介護保険の認定を受けていない。自立して暮らせる75歳以上の老人が3分の2以上いるということなのか。自立できる老人と介護が必要な老人との割合調査というのはないのでなんとも言えないが、どうも隠れた理由がある気がする。それは二つ。
ひとつは、介護認定の申請をしないで、家族が家で面倒を見ている。もうひとつは、病院で寝たきりの状態が続いて、入退院を繰り返している。
これらは大きな問題を抱えている。家族が家で介護をしている現状は、親孝行を大事にする日本の文化では当り前のことになっている。ところが、現在2割の高齢化率は、ここ40年は下がることを知らず、どんどん上がる。人口の3分の1が高齢者になれば、家庭内での高齢化も進み家族で高齢者を支えることは不可能だ。
病院の入退院を繰り返す姿は、介護保険制度の認知度が低いことを暗示している。そもそも介護保険制度は、医療保険制度が高齢者医療により高額化し、制度維持が困難な状況下で生まれた制度だ。老人の介護が必要な理由は一点に絞れない。歳を取って介護が必要になるという考えは現実には当てはまらず、歳を取る取らないにかかわらず、痴呆が進んだり、病気や骨折で寝たきりになり介護が必要になったりするケースがほとんどだ。それを加齢のためとはひとくくりできない。
そこで、医療と介護は切り離せないということになるのだが、すべて医療保険でまかなうには問題があり、入浴、排泄、食事や機能訓練は医療保険とは別制度で運営する必要がある。しかし、それは病気や怪我と関連することが多く、介護保険制度は病気が原因の介護も丸抱えで面倒を見る制度だ。
介護保険制度はまだまだよく理解されていない点がある。理解されていないことをいいことに、介護報酬を違法に請求する業者も現れている。去年の暮には訪問介護最大手の「コムスン」が組織的に介護報酬を過大請求した疑いがあると東京都が事業所を一斉点検した。
全国的にも不正やミスで介護報酬を請求した事業所に対し全国の市区町村が返還を請求した額は2004年度で80億円を超えた。
また、制度の運営上の変更も問題がある。一年前に軽度の介護報酬が抑制され、中・重度の介護報酬が引上げられた制度改訂があったが、これには、採算性の重視が制度を変えたとの批判がある。現場では、軽度の介護でも痴呆が進めばヘルパーの負担は増えるとの声がある。
介護保険制度は1割が自己負担だが、残りの9割のうち半分が我々が払う保険料で、もう半分は国と地方自治体の税金で賄われている。財政難の国と地方自治体にしてみれば苦しいのは当然だが、高齢社会は、介護保険制度が上手く機能してはじめて運営できる。つまり、国の運営そのものと言えるのだ。
それを、一番利用されている介護報酬を安くしたりしたら制度がおかしくなるのは当り前だ。また、介護を必要としないように介護予防に力を入れるようにすれば、保険金削減につながるという発想は貧困で、病気予防と違い、介護は必要になってはじめて要望するものだ。
さらに、介護保険料のほとんどは人件費なので、介護報酬を安くするということは、ヘルパーの給料が自動的に安くなる。介護報酬は、診療報酬同様国が決めたら動かせない。安くなれば、どこの介護会社に行っても安くなる。その結果なり手がなくなり、人手不足は実に深刻な問題だ。現場では、あまりの待遇の悪さに、明日にはもう辞めようというヘルパーが少なからずいると言うが、介護先から手を合わされて感謝されると、じゃもう一日頑張ろうと他では味わえない仕事への満足感があるという。
介護は、家族ではできない状態が来ている。それを仕事とすることは実にいいことだ。こうして、日本が介護を中心に経済活動を行なえば、財政再建も夢ではない。戦後の日本は団塊の世代が学生運動で思想の変革をもたらせ、サラリーマン生活で高度成長を支えた。そして、今度は退職時期を迎え、高齢社会を変えようとしている。今は介護する側にいる団塊の世代もこれから30年の間に介護される側に回る。介護が日本の経済成長に重要な位置を占めることになる。
高齢化社会で上手く制度が回っている国は残念ながらない。どこの国も介護制度をどのように運営したらいいのか手探りの状態だ。日本は先進的な高齢社会で世界の手本になるべき立場なのだ。この10年はその後の10年を築く非常に重要な時代だ。
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参考資料:
Microsoftエンカルタ総合大百科2007:「介護保険制度」
介護保険法改正1年 読売新聞社・全国自治体アンケート=特集 [2007年3月26日読売新聞東京朝刊]
コムスン、介護報酬を過大請求 都が事業所50か所を一斉監査 [2006年12月27日読売新聞東京朝刊]
都指定取り消し業者、介護報酬を再び不正請求 別の2社を受け皿に [2006年11月7日読売新聞東京夕刊]
介護報酬 不正・ミスの返還請求、全国で80億円 49事業所の指定を取り消し [2006年3月13日読売新聞東京夕刊]
新介護報酬 医療と連携を強化=特集 [2006年1月27日読売新聞東京朝刊]
【主張】介護保険見直し 効率化で労働条件改善を [2002年7月7日産経新聞東京朝刊]
参考サイト:
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