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岸田 徹 【岸コラ】 |
今月30日、六本木に「東京ミッドタウン」がオープンする。midtownはダウンタウン(downtown)とアップタウン(uptown)の中間(mid)のところだ。ダウンタウンは日本語にするとdown(下)town(町)だから「下町」。東京の下町と言えば浅草、深川あたりを言うが、アメリカ流に東京のダウンタウンと言えば銀座や新宿あたりの都市部商業地区を言う。アップタウンはその反対の住宅地区のことで東京のアップタウンは「山の手」のこと。今では目黒区、杉並区、世田谷区あたりを想像するが、実は麹町や赤坂、小石川などの武家屋敷が並ぶところが元来の山の手だ。銀座、新宿と麹町、赤坂の中間である六本木はまさにミッドタウンだが、「東京ミッドタウン」はどうも商業地区と住宅地区の両方があるという意味合いらしい。
防衛庁の跡地に三井不動産が中心になって建設した「東京ミッドタウン」、その一角に赤坂見附にあった「サントリー美術館」が移転してきた。すでに六本木ヒルズの森タワー最上階には「森美術館」がある。どちらも有名な私立の美術館だが、もうひとつ六本木に国立の美術館が建った。東大生産技術研究所跡地に建設された「国立新美術館」だ。この3つの美術館は「六本木アート・トライアングル」と呼ばれ、六本木が芸術の町として注目されるよう企てられている。
美術館と言えば東京では上野と相場が決まっていた。国立西洋美術館をはじめ東京都美術館に上野の森美術館と芸術大学美術館がある。
国立西洋美術館にはモネの「睡蓮」やロダンの「考える人」など世界に誇るコレクションが2千点ほどある。一方の東京都美術館はコレクションより展示会場としての役割が大きく、開館以来80年以上を美術団体や新聞社の主催する展覧会場として大きな役目を果たしてきた。日展や二科展などは特に有名だ。ところが、近年は利用したい美術団体が増えたことに加え、芸術作品も多彩になり大きなものを展示したいというニーズが増えてきた。
このニーズに応えるように、六本木に国立新美術館が建設された。東京都美術館と同様の役目を意識し、国立西洋美術館のようなコレクションは行なわない。展示会場を提供する美術館だ。国立の美術館はこれで5つとなる。上野の西洋美術館のほか、九段の北の丸公園に近代美術館、その分室としてできた京都国立近代美術館、それに日本万博の施設を利用した大阪の国立国際美術館に六本木の国立新美術館だ。
国立新美術館が建つ前の東大生産技術研究所は東大の第二工学部の後継で、かつては糸川英夫教授がロケットの発射実験を成功させた他、現在では新型インフルエンザの満員電車での急速感染をシミュレーションするなど、各方面と共同で大規模な実験や研究を行なっている世界的に有名な研究機関だ。
六本木の建物では大型の実験装置が使いにくくなり、研究所は2001年に駒場に移転したが、この建物、昭和3年に国内初の本格的鉄筋コンクリート兵舎として建てられたもの。二・二六事件ではここから安藤大尉らが鈴木貫太郎侍従長を襲撃に向った歴史的な建物だっただけに取り壊しには反対の声が美術界からも上がった。
しかし、もうひとつの美術界からの大きな展示会場がほしいという何十年もの悲願がかなえられる形で壮大な建物が建設された。設計者は都知事候補の黒川紀章・日本設計共同体で、総工費は350億円。1万4千平方メートルの展示面積があり、2千平方メートルの展示室が7つある。都美術館の展示面積はそのひとつにも満たない1800平方メートルだ。国立新美術館はあまりの広さに何を見ているのか分らなくなるという回覧者の声もあるぐらいだ。
ここ数年の美術館はどこも割と盛況だ。各方面から作家の作品を集める企画力がものを言っているが、見る人たちの層が60歳代を中心に広がっている点も見逃せない。
戦後の教育に情操教育が大幅に取り入れられ美術に関する知識と理解がぐっと深まった。そこで育った人たちが定年を迎え、有名な画家の作品の展覧会があると興味を持って見に行く。そんな光景がどこの美術館でも目の前に広がっている。休日に限らず平日も有名画家の展覧会には行列ができる。
しかし、定年退職後の美術館めぐりをする人生はそう長くは続かない。あっという間に美術館にも行けない老後が待っている。それを受入れる施設やサービスが東京にはないのだ。足が不自由、手が不自由、頭が不自由という老人をいったいどうするのだろう。今美術館めぐりをしている退職者たちは、あと10年もすれば病院通いに老人ホーム探しとなる。たった今でも公立の老人ホームは気の遠くなるような順番待ち。病院に行けばそこはまるで老人ホームだ。看護婦さんの言う事が分からない老人が溢れ、まるで保母さんが子供に言い聞かせるような大声がいたるところでしている。
大きな展示会場がほしいとの要望に応え、国立新美術館ができ、99回続いた日展の都美術館展示は100回目の次回から国立新美術館で行なわれることになった。役目を終えたはずの都美術館は老朽化を理由に100億円かけて大型の作品も展示できるように大改造するという。都美術館の替わりに国立新美術館が建ったのではないのか。老朽化が心配ならもう閉館にしてもいいのではないか。
100億円あれば用地の買収も含め東京に老人ホームが10棟建てられる。そこでは、500人から千人の老人たちを受入れることができるはず。国立新美術館の建設費用の350億円なら3千人の老人ホームが用地買収も含め建てられる。なんだったら、日本人が好きなモネでもユトリロでも世界の有名画家の絵がかかった優雅なホームだってその予算で実現可能だ。
国立新美術館の初代館長は、林田英樹氏だ。例の雅子さまの人格否定発言がされたときの東宮大夫(民間で言うなら皇太子一家担当専務)だ。民間企業ならこんな問題を引き起こした直接の責任者を再び役員にはしない。林田氏はもともと文部省の人。役所でしっかり言う事を聞いて働けば、最後まで役所が面倒を見るという典型天下り人事だ。
長年美術界は大型展示場を要求していたので今回はそれに応えたと国は説明するが、長年要求に応えなかったのだから、なにも今応える必要はない。文部官僚の天下り先を新設しただけの税金投入だったのではないのか。近年の文部科学省は少子化で学校関連の天下り先が先細っている。生涯教育分野での天下り先の開拓が急務になっているのではないだろうか。さらに、少子化で学校建設をしなくていい文部科学省が美術館を建て、高齢化でいくら金があっても足りない厚生労働省は病院施設も老人ホームも満足に建てられない。縦割り行政が日本をある面ではより豊にそしてある面ではどんどん貧困にしている。
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参考資料:
Microsoftエンカルタ総合大百科2007:「国立西洋美術館」
森ビル、無料シャトルバス運行 「六本木ヒルズ〜国立新美術館」区間で [2007年03月17日産経新聞東京朝刊]
[どれどれどーれ]読売イベントのページ・2月26日 [2007年2月26日読売新聞東京朝刊]
[写旬]美術館、株主で盛況 [2007年2月16日読売新聞東京夕刊]
六本木にまた新名所 東京ミッドタウン登場 3月末オープン [2007年2月3日読売新聞東京朝刊]
国立新美術館オープン 収蔵、入場者、広さ… 数字でのぞく新拠点/東京 [2007年2月1日読売新聞東京朝刊]
【安倍日誌】20日 [2007年01月21日産経新聞東京朝刊経済面]
都美術館100億円改修 老朽化進む 2012年度再オープン目指す [2006年12月14日読売新聞東京朝刊]
「日展」 上野会場“有終の美”、六本木へ [2006年11月17日産経新聞東京朝刊生活・文化面]
「国立新美術館」の初代館長に林田氏内定 前宮内庁東宮大夫 [2006年6月24日読売新聞東京朝刊]
国立新美術館 東京・六本木に来年1月オープン “貸会場”どう自主性 [2006年6月22日読売新聞東京朝刊]
東宮大夫に野村氏 [2006年4月4日読売新聞東京夕刊]
新型インフルエンザ拡大予測 満員電車で急速感染 東大など[2006年01月12日産経新聞東京朝刊社会面]
【わたしの失敗】建築家・黒川紀章さん(71)(2)[2005年12月07日産経新聞東京朝刊生活・文化面]
初の国産ロケット発射の地に記念碑を 国分寺商工会など募金呼び掛け[2005年12月20日産経新聞東京朝刊東京ニュース面]
【話の肖像画】生かせウーマンパワー(6)ザ・アール社長・奥谷禮子さん[2005年12月03日産経新聞東京朝刊総合・内政面]
全国の美術館、金沢で会議 165館が参加=石川 [2005年6月17日読売新聞東京朝刊]
東京・港の防衛庁跡地再開発 高さ東京一「ライバル見下ろす」 [2004年5月19日読売新聞東京朝刊]
皇太子さま異例の発言 意思疎通の努力、事務方に不足(解説) [2004年5月13日読売新聞東京朝刊]
新国立美術展示施設の名称を募集/文化庁 [2002年12月22日読売新聞東京朝刊]
2・26事件ゆかりの旧陸軍兵舎 近く取り壊し東大生産技術研 国の登録文化財に [2001年05月23日産経新聞東京朝刊社会面]
二・二六事件ゆかりの建物 旧陸軍歩兵第三連隊兵舎、取り壊し惜しむ声 [2000年12月19日読売新聞東京夕刊]
新しい国立の美術展示施設 「六本木に建設」構想/文化庁 [1996年3月28日読売新聞東京朝刊]
大賞に“エイズ版画” 米の男性、滅びた世界を暗示 和歌山の公募展 [1993年1月18日読売新聞大阪朝刊]
参考サイト:
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