自民党を変えた、あの時 株が下がって見えてしまったもの

浅野史郎氏は石原慎太郎氏に勝てるか。

岸田 徹 【岸コラ】
2007年3月2日(金)

強いリーダーシップを求める都民に対し、「NOと言える東京」を標語に掲げて当選したのが石原慎太郎東京都知事だ(1999年)。当時東京都の財政は景気の回復が見込めず予算に対して赤字を計上する状態だった。財政再建は国や他の道府県同様急務だった。

「東京から国を変える」と石原さんは持論を展開し、もどかしい小渕内閣に対する批判票をも取り込む圧勝だった。

それから2期8年、石原都政は目覚しい財政再建を果たした。東京都の予算はだいたい5兆円前後だが、そのうち借金で賄っているのは5%前後だ。全国の地方財政は1割以上を借金で賄っているし、国家予算にいたっては3割以上を借金で賄っている訳だから、東京都は優等生。

累積の借金も約7兆円と年間の税収の1.3倍ほど。全国の地方財政は税収の5倍の借金だし(約200兆円)、国は10倍(約550兆円)を抱えている現状では、東京都の財政は健全の二重丸が付く。

石原さんは財政再建をバランスシートを作って民間企業と同様の意識で徹底的に情報公開すると公約した。公約どおり翌年には自治体初のバランスシートを作成し東京都とその関連組織との連結決算を公表した。これで資産と負債のバランスが明確になり、どこをどうすれば借金が減るのかが分るようになった。当時の借金は約14兆円あったので、石原さんはその額を半減したことになる。

借金漬けの地方自治体や国が何もできないのと対照的に財政再建を果たした石原さんは10年後に東京でもう一度オリンピックを行ないたいと名乗り出た。7兆円も借金を減らしたんだから、石原さんへのご褒美にオリンピックぐらいやらせてあげたらと言いたくなるが、コトはそんなに単純ではない。

東京都の財政が健全になったのは、借金が減ったからであることは間違いない。借金を減らすには借金を返さなくてはならない。そのためには、税収を増やすか経費を減らしてお金を作らなくてはならない。石原さんは経費の削減も行なっただろうが、税収増が石原さんを相当助けた。

詳しく研究する必要はあるが、東京都の税収増と小泉改革との因果関係は十分想像できるものだ。つまり、小さな政府で民間の活力を生み出そうとした小泉政権があったからこそ東京都の税収が増えたと考えられる。日本の景気は回復したと言われて久しいが、どこの地方都市でも景気回復はしていないとの大合唱。東京だけが景気回復したのは強い者が勝つ小泉内閣の小さな政府政策のお陰だ。

東京都の税収は、半分近くが法人からの税金で、その他は4分の1近くが固定資産税・都市計画税。個人の住民税は2割もない。つまり、東京にある法人が稼いでいるから東京都の財政が潤ったのだ。

東京オリンピックはその基盤の上に行なうことになる。東京オリンピックは石原都政の集大成だ。オリンピックは言ってしまえば東京見物。何を見てもらうかと言うと、道路や建物や都市の緑だ。

石原都政は、都市の整備に予算の2割を割く。その他にそれよりやや少ないが似たような予算を投資的経費として公共事業に充てようとしている。石原さんはこれらの公共投資を災害に備えたものだと言うが、本心は違うのではないかと疑ってしまう。

石原さんのビジョンは、道路を整備し交通渋滞を東京から締め出し、ちょいと車を走らせれば美術館や博物館にすぐ行けて、緑の豊富な田園都市を造ろうとするものだ。これは常に石原さんが言っていること。それを毎年予算を取って実行すれば、10年後にはそれこそパリやロンドンと肩を並べる美しい都市になるだろう。そこでオリンピックでも開いて世界中の人たちに見てもらえば、石原さんの一大事業は大成功だ。

しかし、それでいいのだろうか。そんな美しい田園都市で、老老介護に疲れた都民が笑顔でオリンピック選手を迎え入れられるだろうか。

石原都政の福祉関連予算は2割ない。石原さんの基本政策は、恐らく強い人間が強く生きることにマッチした東京を造ることだ。そこらへんは小泉さんと合っている。それもいいかもしれないが、弱い人の割合が多くなれば決して住みよい社会ではなくなる。今はまさにその感覚が前面に押し出されようとしている時だ。

浅野さんは福祉の人だ。もし、浅野さんが公共事業に力を入れる石原都政に対抗し、福祉事業に力を入れると公約したら、まるで二大政党制の選択のようで選挙で都民の判断を示すことができる初めての都知事選になる。

ところが、肝心の浅野さんがなかなか福祉と言わない。浅野さんは仙台二高を卒業後東大の法学部に進み厚生省に入ったエリート官僚だった。厚生省でも福祉関連の部署が多く、自らも福祉がライフワークだと述べている。

「知事は卒業した」と言っていた浅野さんだが、今日はTBSテレビで出馬宣言とも思える強い出馬の意思を表明した。浅野さんにはこういう前言を翻す前歴がある。宮城県知事の引退を表明した後に、「老兵は消え去るのみ」と後継指名はしないはずだったのが、選挙が始まると自分の後輩だった前葉氏を後継指名したのだった(2005年10月)。

前葉さんは、総務省を辞めて自民党の推薦で知事選に出馬するはずだった。ところが、前葉さんが自民党の推薦候補選考会に出席する前日に浅野さんは前葉さんに自分が推薦するので自民党の推薦をもらわないように迫ったらしい。選挙期間中の読売新聞の世論調査では浅野知事の支持率は7割あり、浅野さんの推薦を受けることは勝算の可能性を広げることになる。

前葉さんは、結局自民党を蹴って浅野さんの推薦を受けることになったのだが落選してしまう。自民党の推薦を受けた村井さんが36万票あまりを獲得し次点の前葉さんに5万票の差をつけた。自民党は2回浅野さんに負けていて、このような形で前葉さんを取られたことで火がつき、結束した自民党陣営が徹底的に村井さんを推したのが大きな勝因だった。同時に前葉さんの選挙なのに浅野さんが前面に出てきたことに多くの県民が疑問を抱いたのも村井さんに有利に働いた。

村井さんは最後まで自民党の推薦には躊躇したが、武部幹事長をはじめとする自民党本部の勢いに寄り切られ自民党推薦を受入れた。前葉さんは民主党の推薦を受けなかったことは言うまでもないが、民主党は前葉さんを応援した。

浅野さんには、無党派層が前葉さんを押し上げるとの自信があった。前葉さんもそれに期待したのだろうが、それとは別に、もし自分が浅野さんの推薦を阻んだら、浅野さんがもう一度出馬すると言い出すのではないかという不安があった。そうなったら、支持率抜群の浅野さんにはいくら前葉さんが自民党に寄り添っても勝ち目はなく、選択肢は浅野さんの推薦を受入れるしかなかったとの話もある。

もし、浅野さんが都知事選に出れば、このときと同じような展開が想像される。浅野さんの宮城県知事初当選は日本新党と新党さきがけの推薦だった(1993年)。それ以来、民主党との関係が続く。無党派層を意識した石原さんは自民党の推薦を受けないと表明しているが、自民党は熱烈応援の体制に入っている。無党派層を取り込むのはむしろ浅野さんの十八番。浅野さんも民主党の推薦は受けないだろうが、民主党は海江田さんの問題が解決すれば熱烈応援は間違いない。こうなれば、場外の自民対民主の乱闘が始まる。

東京都の官僚からは石原都政が密室ですべてを決めていることに不満の声があると言われている。官僚出身の浅野さんはこれに同情的な発言もする。

石原都政は明らかに福祉の優先順位が低い。これに加え、長期政権が見えてきて傲慢だとかワンマンだとかの弊害がささやかれ、自分の息子たちにかかわる仕事をやっていることに不審を抱く人もいる。障害者に対する福祉を切り捨てているとの意見も出ている。この不満票は無視できない大きな力になる可能性がある。

福祉の浅野さんにとっては、千歳一遇のチャンスだ。ところが、都民の官僚嫌いは根強い。自民党の反浅野キャンペーンには官僚出身だということがクローズアップされるだろう。こうなると、頼りになる感じの石原さんが独走する可能性が高い。ここは、浅野さんが民主党と一緒になって、徹底的に福祉都市東京のビジョンを掲げるべきだ。

オリンピックもいい。しかしそれは人気投票の結果石原さんがやるのではなく、都民の選択でやってほしい。公共事業か福祉事業かの選択を都民にさせる選挙でなければ、都民の選択は表明できない。もし、そうなれば浅野さんの勝ち目はそこで初めて生まれる。

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参考資料:

都2007年度予算原案 税収最高、歳出は抑制 手堅い「展望型」 [2006年12月27日読売新聞東京朝刊]

都議会閉会 五輪招致支援要請、国への意見書採択 [2006年12月16日読売新聞東京朝刊]

心身障害者扶養年金制度 都、廃止を正式決定 存続求める声相次ぐ中 [2006年10月28日読売新聞東京朝刊]

東京都心身障害者扶養年金制度、審議会が廃止求める [2006年8月9日読売新聞東京朝刊]

[浅野流・村井流]知的障害者施設解体 目標年度こだわらず=宮城 [23005年12月9日読売新聞東京朝刊]

[浅野流・村井流]社協会長続投、満面の笑顔 「口はさめぬ」複雑な表情=宮城 [2005年11月22日読売新聞東京朝刊]

浅野知事インタビュー 「情報公開、道半ば」 公務きょう最

後の日=宮城 [2005年11月18日読売新聞東京朝刊]

浅野・宮城県知事、東北大教授に [2005年11月17日読売新聞東京夕刊]

[2005知事選・刷新を求めて](中)人気を背景、次々誤算(連載)=宮城 [2005年10月26日読売新聞東京朝刊]

宮城知事選が告示 新人3人が届け出 [2005年10月6日読売新聞東京夕刊]

オール東京“財布の中身” 自治体初、都がバランスシート作成 [2000年5月18日読売新聞東京夕刊]

[社説]石原都政はまず財政の再建を [1999年4月23日読売新聞東京朝刊]

心身障害者扶養年金 掛け金、最大3・8倍に 都の審議会が答申 [1997年7月12日読売新聞東京朝刊]

参考サイト:

「平成19年度 東京都予算案の概要」について

宮城県知事に村井氏 自民、組織戦奏功

(上)誤算/「草の根」燃え広がらず

(下)自民圧勝/組織が「脱政党」を凌駕

(上)「浅野」か「自民」か/揺れた心「県民党」へ

(下)自民、分裂を回避/雪辱へ一体感強まる

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(下)政党対決/自民、真骨頂の組織戦

心身障害者扶養保険事業の現況について

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