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岸田 徹 【岸コラ】 |
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安倍総理が誕生してから昨日で135日がたった。右のグラフは小泉前首相、安倍首相、森元首相の3人の記事数を比べたものだ。いずれも産経新聞の記事で、就任後135日間にそれぞれの首相のフルネームが入った記事数を比較した。
ダントツ小泉さんの記事が多い。安倍さんや森さんの記事よりだいたい3割多い。いかに小泉フィーバーがものすごかったかが分る。
この記事がどの面に掲載されたかが、その下のグラフだ。第一面に躍る記事も多いが、総合・内政面(政治面)に載るものも小泉さんが多い。何をやっても小泉さんは記事になった。ここには小さくてグラフには現れていないが、他の2人が出てこない欄に芸能面がある。小泉さんは芸能面でも5つの記事がある。エルビス・プレスリー関連の記事や小泉首相の物真似をする芸能人が現れたためだ。
もうひとつ注目すべき点は、社会面の記事の多さだ。第一面や政治面に名前が載るのは当り前としても、社会面に名前が多く載るのは特徴的なことだ。一番下のグラフはそれを物語っている。オピニオン欄もダントツなのは話題が話題を呼んでいる証拠だ。
小泉さんの人気が高かったので小泉さんが関連した話題の記事が社会面や芸能面にも及んだと考えるのが当然かもしれない。しかし、記事は取材源がないと書けない。もし、その取材源を首相自身が積極的に出していたとすれば、記事を書く方はずいぶん楽に小泉さんのことを書くことができる。
記事が多くなれば、読む人も多くなり、読んだ人は話題にする機会が増える。そうすれば、また興味が盛り上がり、盛り上がったところで首相サイドがまたコメントを発信すれば再び記事になる。小泉さんの場合は、こうやって人気を維持していた。そのコメントの発信先は、経済紙や一般紙に限らず、大衆夕刊紙や週刊誌、それにワイドショーを扱うテレビ局にも及んだと言われている。
安倍さんと小泉さんが首相に就任して、初めて迎える正月の1ヶ月間に、それぞれの名前がフルネームで出た社会面の記事数を追ってみると、この現象はさらに顕著になる。やはり産経新聞紙面だ。
| 正月1ヶ月の社会面記事数 | |||
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年代
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小泉
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安倍
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殺人
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1998年
|
1 | 0 | 34 |
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1999年
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0 | 0 | 48 |
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2000年
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0 | 1 | 59 |
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2001年
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0 | 0 | 99 |
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2002年
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13 | 1 | 53 |
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2003年
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12 | 2 | 72 |
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2004年
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5 | 1 | 77 |
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2005年
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8 | 7 | 77 |
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2006年
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7 | 6 | 63 |
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2007年
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1 | 4 | 93 |
上の数字は、それぞれの年の1月の1ヶ月間に小泉純一郎、安倍晋三の名前が社会面に出た数だ。安倍さんとの比較をするために2人が就任後迎えた正月1ヶ月間を比べてみた。いずれも社会面に載った記事数だ。
2001年4月に就任した小泉さんは初めての1月に13件の記事数がある。しかし、安倍さんは今年の1月の記事数がたった4件だ。小泉さんは首相になる前はほとんど社会面の記事になることはなかったのに、安倍さんは首相になる前の方が多い。安倍さんの就任は2006年の9月。その前の1月には6件の記事で、首相になった後の1月より多い。安倍さんは就任前の人気の方が高かった。
ところで、今年の社会面は殺人記事が多い。正月からモーニング・ショーやワイド・ショーでも殺人事件が連日報じられている。上の記事数で、一番右の行には、「殺人」の二文字がある記事の数を拾ってみた。同じく正月1ヶ月間に社会面に載った記事数だ。今年は93件と去年の63件よりぐっと多くなっている。これが、小泉さんが就任した後の最初の正月1ヶ月間は53件と少ないことに気付く。恐らく殺人が少なかったのではなく、小泉さん関連の記事の方が殺人記事より話題性が豊富だったので殺人の記事が小泉関連記事に押しやられたのだろう。
そうなると、今年の殺人記事が多いのは、安倍さんの政治が面白くないという意味か。いや、恐らくそうではない。実は逆で、今年の殺人記事が多いのは、安倍さんが情報を発信しないために、安倍さんが行なう施策についてマスコミが話題を作れないためだと私は疑っている。そのため、安易な警察発表をまとめた殺人記事が幅を利かすことになったのではないだろうか。
防衛庁が防衛省になったり、教育基本法が改正になったりというのは、もし首相サイドからコメントが色々出てきたら、それは放っておけない記事になっただろう。
小泉さんは、国民が興味をもつような情報提供を積極的に行なった。都合の悪いことは都合のよいことで隠したはずだ。その意味で小泉さんのやり方も報道コントロールであったことは間違いない。安倍さんは、情報を積極的に提供しない報道コントロールだ。これで、殺人記事が多くなり、不安な世の中を演出して、世直しのための教育改革や憲法改正に国民を巻き込んでいこうとしているのかもしれない。どちらの場合も、我々は報道操作の中でマスコミ記事に接している。本来は、官邸や警察の発表に頼るのではなく、記者自身が疑問を持って向う記事を求めたいのだが、管理社会の中での報道にはそれも限界がある。こんなに簡単にコントロールされてしまう貧しい日本の報道体制だ。
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The Sankei Archives
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