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岸田 徹 【岸コラ】 |
恐らくご本人は針のむしろで、できることなら辞めさせてもらいたいと思っているに違いない。女性を「子供を産む機械」と例え世界中からバッシングを受けている柳沢伯夫厚生労働大臣に対し、安倍総理は辞任させない方針だと伝えられている。ご自身は「職責を全うする」と「申し訳ない」の連発に嫌気が差している表情だ。
柳沢さんが辞めない理由は、発足間もない安倍内閣ですでに本間税調会長と佐田行政改革相が辞任していて、3人目が出れば、首相の任命責任が問われるためだとささやかれている。しかし、この理由は表面的過ぎる。本当の理由は次の二つではないか。
ひとつは、柳沢さんが安倍総理誕生の功労者の一人だったという事だ。早くから小泉さんの次と言われていた安倍さんだったが、終盤は福田さんにも追われ、反小泉勢力からも追い落としがあるのではないかと言われていた。そのときに、柳沢さんは安倍さんの選挙対策本部長を務めた。柳沢さんの派閥は丹羽・古賀派で、元はと言えば堀内派。堀内光雄氏は郵政民営化法案では造反議員の代表格の一人。古賀誠氏も抵抗勢力の代表格だ。そんな派閥の有力議員である柳沢さんが安倍さんの選対部長を務めた功績は大きい。安倍さんにしてみれば、柳沢さんを守ることは、かつての抵抗勢力を手中に収めることになる。暴れるだけ暴れた小泉さんの後始末をしなくてはならない安倍さんにとって、小泉抵抗勢力を敵に回す事は厄介な仕事を増やすことになる。
もうひとつの理由は、厚生労働大臣という職責だ。今は誰もやりたがらない手を汚す仕事だ。意地悪く考えれば、選対本部長を引き受けた瞬間、厚生労働大臣は柳沢さんと決まっていたのではないか。社会保険庁の改革から年金、医療、少子化と難問が山積している。誰がやっても上手く行かず、上手くやっても当り前の貧乏くじだ。柳沢さんは金融財政が専門の大蔵省出身の人だ。年金問題を金融財政のプロが扱うのは妙案だと思ったが、実はそうではなく、安倍さんが身内に汚れ役をやらせない秘策だったと思えるものだ。
どうして、柳沢さんが汚れ役を背負わされたのか。最近の安倍さんのタカ派的な行動から柳沢さんを見てみると、自民党の亡霊のようなDNAが見えてくる。自民党は結党以来、官僚出身者のグループとそれ以外の党人派と言われるもともと政治家を自認する人たちのグループに大きく分かれて活動してきた政党だ。官僚出身者のグループがアメリカと仲良くやって高度成長の日本を生み出してきた。これが主流派だったが、小泉さんが登場してから流れが党人派の人たちに回ってきた。小泉さんが「自民党をぶっ壊す」と言った自民党とは、この官僚出身者が主導する主流派のことだったと考えられる。
柳沢さんが所属する丹羽・古賀派は、堀内派だったが、郵政民営化法案で堀内さんが反対票を入れるために自民党を辞めたことから堀内派は丹羽・古賀派になった。堀内派は加藤の乱で加藤派が小里派と堀内派に分かれたものだ。加藤派は宮沢派の後を継ぎ、宮沢派は鈴木派の後継、鈴木派は大平派の後継でその前は前尾派、その前は所得倍増の池田勇人首相の池田派だ。池田派は戦後首相の吉田茂の後継だ。
さて、この派閥首領の出身は大方官僚なのだ。吉田茂は外務省。池田勇人、前尾繁三郎、大平正芳、宮沢喜一はみな大蔵省、加藤紘一は外務省だ。この派閥は旧宏池会と言われている。これに運輸省出身の佐藤栄作から田中角栄、竹下登の経世会をひとくくりとすると、これが戦後の日本自由党の流れをくむ「自由党」になる。
日本自由党は鳩山一郎(鳩山由紀夫、邦夫の祖父)と河野一郎(河野洋平の父、太郎の祖父)が中心に結成し(1945年)、戦後初の総選挙で第一党になった。鳩山総理誕生寸前に鳩山さんは公職追放され、親英米派だった吉田茂が日本進歩党と連立して吉田内閣を作った。吉田茂はその後自由党を結成した(1950年)。すると、公職追放になっていた鳩山さんが帰ってくるが、吉田自由党とはそりが合わずに、鳩山さんは日本民主党を作った。鳩山人気は吉田人気を上回り、吉田内閣(第5次)は選挙で過半数を割り総辞職した。これにより、鳩山内閣が誕生した。
鳩山ブームに対抗したのが左右に分裂していた日本社会党(現・社民党)で、統一の動きが活発になった。これは危ないと思った財界が、吉田自由党と鳩山民主党をひとつにする保守合同を望んだためにできたのが今の自由民主党だ(1955年)。
吉田さんの自由党は官僚出身者が多い。これに対し鳩山さんの日本民主党(今の民主党ではない)は党人派だ。この日本民主党の活動に参画したのが、岸信介(安倍さんの祖父)、小泉純也(小泉さんの父)と中川俊思(中川秀直幹事長の義父)。この流れをくむ福田赳夫の清和会が小泉さん、安倍さん、中川さんがいる現在の森派だ。
自民党には旧自由党と旧民主党の流れが脈々と続いている。占領下にあった日本で誕生したも同然の両党は、国づくりに対する考え方が違っていた。旧自由党は現実主義的な発想で、長い物に巻かれながらもたくましく生きていこうとした姿がうかがえる。官僚出身者がアメリカと仲良くし経済成長を第一に考えたグループだ。池田勇人の所得倍増計画はその典型。田中角栄の日本列島改造論もその流れだ。
一方の旧民主党は戦争で負けても魂までは売らないとばかりに自主独立を高々に謳った。結党の目的は、アメリカの占領政策に対抗するズバリ、憲法改正、自主独立、再軍備だ。
この二つが一緒になって生まれた自民党の結党大会(1955年)で、「党の使命」が採択された。自民党がなすべきことは次の6つだと決められた。(1)国民道義の確立と教育の改革、(2)政官界の刷新、(3)経済自立の達成、(4)福祉社会の建設、(5)平和外交の積極展開、(6)憲法の自主的改正をはじめとする独立体制の整備――だ。
それから50年、日本は立派な経済大国になった。まだなされていないのは、教育改革と憲法改正に独立体制の整備と表現される再軍備だ。防衛庁を防衛省に変えたり、教育基本法を変えたりするのはこのためだ。さらに、安倍さんが就任前から言っている憲法改正もこの立党の使命を完結させるためのもの。もう少し踏み込んで言えば、高度経済成長を主導した旧自由党グループから主導権を奪った旧民主党グループが、旧民主党を立ち上げたときの目的である改憲、自主独立、再軍備を達成させるために小泉内閣と安倍内閣は活動していると言える。
国民の利益より党の利益を優先させる、こんなことに力が注がれているのは残念で仕方がない。なにも今やる必要はまったくないのだ。年金問題はどうしたのか。
安倍さんは柳沢さんに国民が最も望む年金問題解決のために厚生労働大臣をやらせている。党人派の安倍さんにしてみれば、年金制度の不備は制度を作った官僚に是正させたいのだろう。これは、柳沢さんたち官僚出身者が集う旧自由党の人たちでやってくれという意味に解釈できる。自民党の中で最も官僚的だと言われる柳沢さん以外にこの職の適任はいないと決め付けているのがよく見える。
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参考資料:
Microsoftエンカルタ総合大百科2007:「自由民主党」「自由党」
失言問題 柳沢厚労相辞任させず/政府・与党方針 [2007年2月5日読売新聞東京朝刊]
厚労相の進退できしむ自民と官邸 安倍首相は擁護論 党は選挙にらみ辞任論 [2007年2月1日読売新聞東京朝刊]
自民総裁選 3氏の推薦人名簿 派閥横断、全世代の支持を印象づけ [2006年9月8日読売新聞東京夕刊]
自民総裁選 「派閥均衡」の安倍氏選対 党内7派が幹部送る [2006年8月30日読売新聞東京朝刊]
自民総裁選 「安倍応援隊」準備会合 各派と「議連」結束演出 [2006年8月26日読売新聞東京朝刊]
参考サイト:
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