理想の職場 夕張市の財政破綻に見える陰

ジュンサイ生産量日本一の山本町で

岸田 徹 【岸コラ】
2006年11月21日(火)

山本町は2006年3月近隣の琴丘町、八竜町と合併し三種町となった。(この地図はMicrosoftエンカルタ総合大百科2007年の地図を基に作成しました)先月、最高裁の第2小法廷で懲役1年の実刑判決が確定する決定があった。秋田県の山本町(合併で現在は「三種町」)の議会で起きた贈収賄事件だった。お金をもらった方は町議会議員だった近藤被告。あげた方は自分の妻の沼でジュンサイを栽培していた小林被告。贈収賄額は50万円だ。

事の起こりは、5年前(2001年4月)、町が誘致したゴルフ場から出る農薬でジュンサイがうまく栽培できなくなったので何とかしてほしいと、小林被告がゴルフ場開発会社に補償を求め、同時に誘致した町にも開発会社が補償するように後押ししてほしいと陳情したことから始まった。

それから2年後、町議会議員だった近藤被告は、この問題を町議会で取り上げた(2003年6月)。「誘致はしたけど、後は知らないというのか」(読売新聞)と補償問題に町がかかわるように迫り、さらにその半年後、そのゴルフ場の土地の一部がまだ小林被告の名義のままであることを指摘し、「東京の非常に組織力の大きいところに売りますよ。犠牲者が出るかもわからないですよ。その土地に家建てて住まわせると言ってますよ」(同)と脅迫じみた発言をした。

その後、小林被告には200万円の補償金がゴルフ場の開発業者から支払われた。これに対して近藤被告が「一般質問で頑張っただろう」(同)などと現金を要求したとされ、50万円が小林被告から近藤被告に渡った(2004年2月)。

山本町議会議員だった近藤被告(当時69歳)は、1年後辞職願を出し、2005年8月に辞職した。

ところが、近藤議員が辞職した理由は、この贈収賄事件ではなかった。辞職理由は別で、交通事故と違反を繰り返し、反省がないため町議会から議員辞職勧告が出ていたためだった。実は、この時点ではジュンサイ事件は明るみに出ていなかった。

近藤議員が最初に交通事故を起こしたのは、ジュンサイ事件の小林被告が町にどうにかしてくれと陳情した1年後2002年5月だった。国道7号線の交差点で、近藤議員が運転する乗用車が右折したところ、横断歩道を渡ろうとしていた女性(当時69歳)にぶつかり、女性はろっ骨を折る重傷を負った。

9ヵ月後近藤議員は業務上過失傷害の罪で秋田地裁に在宅起訴された(2003年2月)。近藤被告は、書面審理だけの略式手続には応ぜず、公開裁判で審理を求めた。そのため、2ヵ月後に秋田地裁で裁判が開かれた。検察側は「再犯の恐れが認められ、特別予防の見地から更生、改善させる必要がある」と禁固10ヶ月を求刑した(2003年4月)。近藤議員が、ジュンサイ事件を町議会で追及したのはこれから2ヵ月後だった。

それから1年後、検察の「予測」通り近藤議員は再び事故を起こした(2004年8月)。見通しのいい国道101号線を横断していた近くに住む女性(当時73歳)をはね、左足の骨を折る全治2ヶ月の重傷を負わせたのだ。近藤議員はこれで免許取り消し処分となった。

無免許となった訳だが近藤議員は車を運転し、半年後に検挙された。それでも運転をし続け、町立小学校の卒業式に来賓として出席した後、車で帰宅しているところを無免許運転の現行犯で逮捕された(2005年3月)。

この無免許運転騒動で町議会は近藤議員を辞職勧告したのだった。その後近藤被告は無免許運転と2回目の事故の業務上過失傷害事件、それにその後明るみに出たジュンサイ事件の贈収賄で、徹底して裁判で争い、両方とも最高裁まで争った。両方とも最高裁第2小法廷(古田裁判長)で、贈収賄は懲役1年の実刑(2006年10月)、無免許運転と人身事故の業務上過失傷害は懲役10ヶ月(2006年5月)だった。

有権者が7千人ほどの小さな町で、どうしてこんな町議会議員が選ばれてしまうのだろうか。ジュンサイ事件の方は議員辞職した後に判明し、一部報道によれば、町長が近藤元議員に問題化するよう促したとされるなど、辞職したから追及された面があるかもしれない。いずれにせよ、辞職後に判明した事件で、選挙の洗礼は受けようがない。

しかし、1回目の交通事故では反省が乏しく徹底して争ったため、検察が禁固刑を公開の裁判で求刑するという事態になった。地元紙はもとより全国紙にも報道された交通事故で、地元では知らない人はいないはずだ。この交通事故後に選挙があれば、十分町民の良識が生かされたはずだ。

実は、この1回目の交通事故で検察が10ヶ月の禁固を求刑した裁判の約1年後に「ミニ統一地方選」があり(2004年3月)、選挙の洗礼を受けるチャンスがあったのだ。2回目の交通事故はその選挙の5ヵ月後だった。

このとき当選した町議会議員は18名。その中になんと近藤議員がいた。どうして当選してしまったのか。実は、無投票当選だった。山本町は定数の18人中17人までが現職議員で、1人は新人だった。

このときの「ミニ統一地方選」では、秋田県下で25の町村議員の選挙が行なわれた。全部あわせると425名の定数だ。これに対して立候補した議員は、453人(現職387、元職23、新人43)。このため、25町村のうち10町村では無投票で議員が決まってしまった。その数168人だ。定数のうち4割が投票なしで選ばれたことになる。

これは、特殊な例だと思われるかもしれないが、実は逆で、今の町村選挙はこれが当り前とも言える現状だ。町村選挙ばかりではない。今月12日に告示された中越地震で大きな被害を受けた小千谷市長選挙でも候補者は1人(新人)で無投票で初当選だ。やはり同日告示されたひたちなか市(茨城県)も現職市長が無投票で再選。5日告示された網走市長選は現職の無投票3選、妙高市長選(新潟)も昨年の4月に新井市、妙高高原町、妙高村が合併してできた市の初の市長選挙にもかかわらず、現職の無投票再選。9月には、根室市長が無投票で初当選、長野の飯山市長選は40年ぶりとはいえやはり無投票の初当選だ。

19日に投開票された沖縄県知事選挙のように、国政がらみの選挙では多くの人が注目をし、地方自治の重要性が認識される。しかし、投票が行なわれない選挙は騒ぎようがないだけに、新聞には出ても数行で、無投票選挙がこれほど行なわれているにもかかわらず、注目されることはない。どこの村長も町長も市長も選挙で選ばれた人だろうと勝手に思ってしまう。

無投票選挙が行なわれる理由ははっきりしない。おそらく地元に古くからあるしがらみが影響しているのではないかと想像されるが、旧山本町のように定数が18人のところ1人が入れ替わりきっちり18人が立候補するところを見れば、誰かが仕切っているのではないかと疑いたくなる。恐ろしいのは、ここから有権者が選挙に対して無関心になり、地方自治がなおざりになることだ。

戦争で徴兵が行なわれることを想像すればよく分るが、自分の息子が召集される事に文句が言えるとすれば、それは国や中央政府ではない。政府が行なう徴兵に国民的な意思で反論できる足場は地方の自治政府だ。隣の家の息子も徴兵され、それに反対し共感し共闘できるのは、国会ではない。村であり町であり、区や市が住民の意見を集約できる第一義的な場所であることは明らかだ。戦前はこの地方自治が国の統制下にあったため国家の暴走を止めることができなかったとの反省がある。

過去には公害問題が地方自治から沸き起こった。本来は財政再建も教育再生も国民一人ひとりの問題なので、地方自治から問題を提起しないと、中央政府は官僚と政党と一部の財界の都合で問題解決に走ってしまう。その犠牲は、いつも弱き国民だ。弱き国民にならないためには、地方自治に参加するのが回り道でも最も近くて安全な道だ。それが、無関心の果てにおざなりになったり、たった一人のフィクサーの道具になっていると、国家は必ず暴走するシステムになっている。

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参考資料:

Microsoftエンカルタ総合大百科2007:「三種町(みたねちょう)」

網走市長選 大場氏が無投票で3選=北海道 [2006年11月6日 読売新聞東京朝刊]

小千谷市長選 谷井氏が出馬表明 無投票当選か=新潟 [2006年10月20日 読売新聞東京朝刊]

旧山本町贈収賄事件 最高裁、被告側の上告棄却 実刑1年確定へ=秋田 [2006年10月11日 読売新聞東京朝刊]

元山本町議の実刑が確定 ゴルフ場開発収賄事件 /秋田県 [2006年10月11日 朝日新聞東京朝刊]

収賄で実刑判決 旧山本町の元町議が上告=秋田 [2006年7月15日 読売新聞東京朝刊]

収賄で1審実刑の元町議 控訴棄却 高裁秋田支部=秋田 [2006年7月5日東京朝刊]

元山本町議の控訴棄却 被告側、上告 ゴルフ場開発収賄事件で高裁秋田支部 /秋田県 [2006年7月5日 朝日新聞東京朝刊]

収賄の旧山本町議、弁護側が減刑要求 1審で有罪 控訴審初公判=秋田 [2006年6月14日 読売新聞東京朝刊]

無免許運転で人身事故 最高裁、元旧山本町議の上告棄却=秋田 [2006年5月31日 読売新聞東京朝刊]

三種町長選 佐藤氏、三つどもえ制す=秋田 [2006年4月24日 読売新聞東京朝刊]

一般質問巡り贈収賄 元山本町議に懲役1年判決 地裁=秋田 [2006年3月16日東京朝刊]

「道交法軽視、姿勢強固」元山本町議の控訴棄却 高裁秋田支部=秋田 [2006年2月22日東京朝刊]

三種町長選 石井・山本町長も出馬へ=秋田 [2006年2月9日 読売新聞東京朝刊]

山本町発注工事談合 石井町長「町側の関与ない」=秋田 [2006年2月8日 読売新聞東京朝刊]

発注工事談合事件 県警、山本町役場を捜索=秋田 [2006年2月6日 読売新聞東京朝刊]

山本町議会贈収賄事件 収賄側元町議に懲役1年6月求刑=秋田 [2006年2月2日 読売新聞東京朝刊]

贈収賄事件 元山本町議ら2人、起訴事実認める=秋田 [2005年12月16日 読売新聞東京朝刊]

石井・山本町長が文書問題で陳謝「軽率だった」=秋田 [2005年11月17日東京朝刊]

山本議会の贈収賄事件 町長が「疑惑の文書」、起訴の元議員に託す=秋田 [2005年11月15日 読売新聞東京朝刊]

元山本町議を収賄罪で起訴=秋田 [2005年11月9日 読売新聞東京朝刊]

山本町議会巡る贈収賄事件 元町議が業者に現金要求=秋田 [2005年11月8日 読売新聞東京朝刊]

ゴルフ場開発トラブル巡る贈収賄事件 近藤・元山本町議ら送検=秋田 [2005年10月20日 読売新聞東京朝刊]

収賄で元町議逮捕 沼汚染の補償で便宜図る 秋田・山本 [2005年10月18日 河北新報]

一般質問で謝礼数十万 贈収賄容疑で元山本町議ら逮捕 県警と能代署=秋田 [2005年10月18日 読売新聞東京朝刊]

前山本町議に懲役10月 地裁支部判決「交通の順法精神欠如」=秋田 [2005年10月13日 読売新聞東京朝刊]

人身事故後も無免許運転 近藤・前山本町議、懲役1年2月求刑=秋田 [2005年9月15日 読売新聞東京朝刊]

近藤・山本町議が辞職願=秋田 [2005年8月21日 読売新聞東京朝刊]

近藤・山本町議を追起訴 能代での人身事故で=秋田 [2005年7月7日 読売新聞東京朝刊

無免許運転の山本町議起訴 地検能代支部=秋田 [2005年4月7日 読売新聞東京朝刊]

無免許運転で山本町議逮捕 能代署=秋田 [2005年3月17日 読売新聞東京朝刊]

山本町議が女性はねる 骨折の重傷負わす 能代の国道=秋田 [2004年8月31日 読売新聞東京朝刊]

ミニ統一選告示 16町で舌戦スタート 町村議選、453人が立候補=秋田 [2004年3月24日 読売新聞東京朝刊]

人身事故の山本町議 禁固10月を求刑=秋田 [2003年4月8日 読売新聞東京朝刊]

能代市内で人身事故 山本町議を在宅起訴=秋田 [2003年2月22日 読売新聞東京朝刊]

参考サイト:

じゅんさい沼めぐり贈収賄事件 元町議逮捕

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